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天の羽衣
僕は大きな家のなかの六畳ほどの部屋にいた。火鉢の上では鉄瓶がしゅんしゅんと音を立てていた。行灯の薄ぼんやりとした明かりがあった。だから部屋の四隅には、小暗い影があって、その影がちらちらと大きくなったり、小さくなったり、今にも襲いかかってきそうで僕は怖くて落ち着かなかった。父は「ここで待っていなさい」と命じてどこかへ行ったきり、戻ってこない。僕は不安だった。そうして母のことばかり考えていた。僕の側には、中年の鬢の薄い女がいて、あれこれと何かを喋っていたが、帰ることばかり考えていた僕にとっては意味をなさなかった。
ぱた、ぱた
と妙にゆったりとした足音がする。
ぱた
と部屋の前で足音が止まり、音もなく襖が開いた。女がいた。
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