序章

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序章

 気がつくと、足は一歩ずつ階段を昇っていた。  こんなにも歩調はゆっくりなのに、呼吸は静かに乱れていて、もはや一段一段を踏みしめる足の感覚が、自分のものではないようにさえ思えた。  ――人間は、ひとりでは生きていけない。  どこの誰が言ったのかも知らない言葉なのに、それを何度も耳にしたことがある。  そりゃ、そうだろうな。と思っていた。  何とはなしに、そうなんだろうな、と。  他者と干渉しないひとりの時間が、孤独を感じられる時間が好きだという人もいる。だが、その孤独を余儀なく、そして過剰に。はたまた、もしかすると永遠に、与えられたとしたら。その状況下でも全く同じことを言えるだろうか。  もしそう言えるのなら、その強さが僕にはとても、とても羨ましい。常に孤独に覆われるような感覚が、僕にはどうしようもなく怖くて、辛くて、息が詰まりそうになる。  その支配から逃げようとして、どれだけこの階段を昇っても、そこに待っているのは結局同じ孤独なのだろうか。  ――誰だっけ?  その言葉を、いやというほど耳にした。それでも僕がここに来ている理由は、何なのだろう。階段を歩く音だけを聞きながら自分の心の内を探って、やがて一つの答えに行き着く。  僕は、救いを求めていたんだ。自分の名前を呼んでくれる誰かを、わずかでも繋がっていられる誰かを求めていたから、僕はここに来ることをやめなかったのかもしれない。  しかし、その救いは常に遠ざかっていく。まるで、永遠に終わらないトンネルの中を、ただひとりで歩き続けているようだ。その先に光が射す瞬間が来ることを――必ず出口があるということを、心のどこかで信じていた。けど今はもうその精神力さえも、この暗闇の中に吸い取られていくような気がした。  歩を止めた。ゆっくりと、固く閉ざされた扉に手をかける。鍵はかかっていない。だが、強いすきま風が鳴るばかりでなかなか扉は開かなかった。今日は風が強い。確か、雨が降るとも言ってたっけ。  全身の重みを扉に預け、反発してくる自然の力に抗う。  そして、自分を迎え入れるかのような逆風を肌に感じながら、こう思った。  この重い扉が、つきまとう不安や孤独から僕を解放してくれる、そんな世界へと繋がっていたらいいのに。
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