21人が本棚に入れています
本棚に追加
序章
気がつくと、足は一歩ずつ階段を昇っていた。
こんなにも歩調はゆっくりなのに、呼吸は静かに乱れていて、もはや一段一段を踏みしめる足の感覚が、自分のものではないようにさえ思えた。
――人間は、ひとりでは生きていけない。
どこの誰が言ったのかも知らない言葉なのに、それを何度も耳にしたことがある。
そりゃ、そうだろうな。と思っていた。
何とはなしに、そうなんだろうな、と。
他者と干渉しないひとりの時間が、孤独を感じられる時間が好きだという人もいる。だが、その孤独を余儀なく、そして過剰に。はたまた、もしかすると永遠に、与えられたとしたら。その状況下でも全く同じことを言えるだろうか。
もしそう言えるのなら、その強さが僕にはとても、とても羨ましい。常に孤独に覆われるような感覚が、僕にはどうしようもなく怖くて、辛くて、息が詰まりそうになる。
その支配から逃げようとして、どれだけこの階段を昇っても、そこに待っているのは結局同じ孤独なのだろうか。
――誰だっけ?
その言葉を、いやというほど耳にした。それでも僕がここに来ている理由は、何なのだろう。階段を歩く音だけを聞きながら自分の心の内を探って、やがて一つの答えに行き着く。
僕は、救いを求めていたんだ。自分の名前を呼んでくれる誰かを、わずかでも繋がっていられる誰かを求めていたから、僕はここに来ることをやめなかったのかもしれない。
しかし、その救いは常に遠ざかっていく。まるで、永遠に終わらないトンネルの中を、ただひとりで歩き続けているようだ。その先に光が射す瞬間が来ることを――必ず出口があるということを、心のどこかで信じていた。けど今はもうその精神力さえも、この暗闇の中に吸い取られていくような気がした。
歩を止めた。ゆっくりと、固く閉ざされた扉に手をかける。鍵はかかっていない。だが、強いすきま風が鳴るばかりでなかなか扉は開かなかった。今日は風が強い。確か、雨が降るとも言ってたっけ。
全身の重みを扉に預け、反発してくる自然の力に抗う。
そして、自分を迎え入れるかのような逆風を肌に感じながら、こう思った。
この重い扉が、つきまとう不安や孤独から僕を解放してくれる、そんな世界へと繋がっていたらいいのに。
最初のコメントを投稿しよう!