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車を降りてすぐに、真崎が建物の左手を見遣る。つられて視線を向ければ、大きく張り出したバルコニーに雪人の姿があった。真崎とともに小さく頭を下げれば、遠目にも雪人が穏やかに微笑むのが分かる。
広い玄関ホールを抜け、階段を上がり廊下を進む真崎の後ろを、設楽はゆっくりとついていった。ドアの前に立ち、幾分か緊張した面持ちで深呼吸をする真崎の頭へとポンと手を乗せる。些か驚いたように見上げる真崎の額へと、設楽は口付けを落とした。
「安心しろ。お前が妙な事を言われるとすれば、そん時は俺も一緒だ」
「尊……」
真崎が拳で三度ドアを叩けば、中からくぐもった返事が聞こえる。『失礼します』と、丁寧に腰を折る真崎の後ろで、設楽は軽く頭を下げた。
バルコニーから戻っていた雪人が目の前に立ち、右手のソファに匡成が座っている。
「おう設楽、ご苦労だったな」
「いえ。自分の我儘で迷惑を掛けました」
「ははっ、お前が我儘言うなんぞ、俺ぁ時期外れの雪でも降んじゃねぇかと思ったよ」
「親父…」
揶揄うように言う匡成に設楽が渋い顔をしている横で、雪人が深々と頭を下げる真崎の肩に手を乗せていた。
「この度は多大なご迷惑をお掛けしてしまって…、何とお詫びを申し上げればよいのか…」
「他人行儀だな。お前が居ないと俺が困るって知ってるだろう? おかえり、真崎」
「雪人様…」
真崎が小さく呟けば、匡成がやはり揶揄うように言った。
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