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そう。関係などないはずだ。少なくとも、設楽にとっては。だが、つい今しがた真崎が見せた表情を、何故か設楽は忘れられずにいた。
設楽と真崎の関係は、どうにも異様なものである。元々当人同士に接点はないのだ。そのくせ、顔を合わせる機会は腐るほどある。それは設楽と真崎の仕える者同士が恋人だからに他ならないのだが、ひょんなことから設楽と真崎まで関係を持ってしまった。
とは言えど、設楽自身は真崎を恋人などとは思っていない。真崎も、そう思ってはいないはずだ。だが…。
―――どうしてあんな顔をした?
答えが分からないほど、設楽は鈍感ではなかった。はぁ…と、小さく吐いた白い溜息は、あっという間に掻き消える。
「悪いな真衣、今日はここまでだ」
「うん。お詫びはパンケーキでいいよ」
「分かった」
大通りまで出たところでタクシーを捕まえ、真衣を乗せる。物分かりの良い妹の頭を設楽はさらりと撫でた。
「気を付けて帰れ」
「はーい」
運転手に住所を告げ、釣りは要らないと金を渡して設楽はあっさりと踵を返した。
◇ ◇ ◇
設楽が真崎のマンションを訪れた事は、たった一度しかない。だが設楽は、そのたったの一度でマンションの住所と真崎の部屋の番号を、しっかりと記憶していた。
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