とある老夫婦の話

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とある老夫婦の話

「あなた、ご飯が出来ましたよ」 「おう」  ちゃぶ台にご飯が置かれ、嫁はニコニコと笑いかけながら、二人そろって定位置に着く。 「あなた、今日もとても天気が良かったんですよ」 「おう」 「それに、お隣さんの息子さん、結婚することが決まったそうですよ」 「ほぉ」 「しかもとても、べっぴんさんみたいで、息子さんはべた惚れだそうですよ」 「そうか」 「あ、あと、今日公園に散歩に行ったのですけど、とてもかわいいお花を見つけたんですよ。風に揺られて気持ちよさそうでしたわ」 「へぇ……」  微笑みながら今日一日の出来事について話す妻に、俺は相槌を打つ。返事が少ないと文句を言われたことがあったが、長年連れ添った今じゃもう、俺の相槌は当たり前のになってしまった。  妻はご飯が冷めそうになるのを心配することもなく、会話に華を咲かさせていく。 「それでですね。今日はあなたに渡したいものがあるのですよ」  そういっておもむろに妻は、後ろに隠していたラッピングされた箱をちゃぶ台に置いた。 「それは……?」 「今日はあなたの誕生日でしょう? ですから、散歩のついでに買いましたのよ。気に入れられると嬉しいのですが……」  妻は頬を染めながら、ラッピングの紐をほどいていく。 「これは……」 「あなたのお好きだったお饅頭ですよ」  箱の中身を覗くと名家の饅頭で、俺の大好きなつぶあんとくりあんが入っていた。 「一緒にお仏壇にお供えさせていただきますね」  妻はそういうと立ち上がり、俺の仏壇に二つの饅頭を置いた。  線香に火を付け、チーンと鐘を鳴らして両手を合わせる妻を見て、俺は胸にこみ上げる感情を受けながら、丸まった背中を眺めた。 「あなたがこの世を去ってから、もう一年が経ってしまいました。いい思い出もあなたと共に過ごした何十年も、素敵なものでした。……あなた、お誕生日おめでとうございます。私をいつまでも見守っててください……」  涙を耐え目元を赤らめてほほ笑む妻の顔はとてもきれいで、くやしさから胸が苦しくなった。それでも、俺は聞こえないであろう妻の耳元に言葉を掛ける。 「あぁ、ありがとう。お前の傍にもういられないのは心苦しいが、最高の誕生日だ。……たとえ、饅頭でも俺は嬉しい。俺がお前の傍を離れてから、これからも最後までお前の傍にいられなくても、お前をずっと天国から見守っておるぞ……」 おわり
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