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「マルオ、おっはー!」
朝、校門を入ったところで後ろから、同じクラスで同じ吹奏楽部に所属する水田に声をかけられた。
足早にマルオに追いついた水田はジロジロと不躾な視線を向けてくる。そして更に不躾な言葉を投げかけた。
「なぁなぁ、お前さ、また太ったんじゃね?」
一瞬足を止めて水田を見たマルオだったが、すぐ向き直り水田と並んで校舎に向かって歩き出すと少しだけ尖らせた口から言葉を零した。
「…そんなことない……と、思うけど…」
一応否定してみる。
「いや、絶対太っただろ。ちょっとはダイエットした方がいいんじゃねーの?これから衣替えもあるから、夏服になるとそのダイナマイトボディの迫力が増すぞ。それにマルオは痩せた方が絶対女子にもモテるだろうしさ。そのままじゃ味気ない高校生活しか送れないんじゃね ?」
マルオの言葉に被せ気味に意見してくる水田に、マルオは内心で嘆息した。そして反論するのはやめて「そうだね」と軽く聞き流しながら、俺は好きでワザと太ってるんだから放っておいてよ、と思うのだった。
世間では時々、あの人痩せたら可愛いのにねとか、痩せたらカッコいいと思う、などと言うのを聞くことがある。そうなのだ。何を隠そうマルオはまさにそれで、実は可愛らしい顔立ちをしている。クリクリっとした黒目がちでつぶらな瞳は、女子が羨ましがりそうな、ビューラーもマスカラも必要としない長い睫毛に縁どられているし、唇も厚過ぎず薄過ぎずぷっくりとしていてプニプニとつつきたくなる。加えて色白でキメの細かな肌は瑞々しい白桃を思わせる。それに幼い頃は小柄でどちらかといえば痩せ気味な体形だったから、そんなマルオに会う人会う人が異口同音に「可愛いね」と言ったものだ。でもマルオ本人としてはそれがとても嫌だった。「可愛い」と言われるたびに不機嫌になるのだった。
ちなみにマルオは苗字が丸尾なわけでも、名前が丸男なわけでもない。丸岡郁実という名前だ。だけど、168㎝75㎏という一目瞭然なその体形と苗字の一部からみんなにマルオと呼ばれている。
別にそう呼ばれるのが嫌だというのではない。だってワザと太ってるんだから。好きに呼んでくれればいい。どうせ人は他人を見かけで判断するのだから。マルオは少し捻くれた気持ちでそう思っていた。
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