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マルオは世理が今使った『可愛い』とはそういう意味だったのかと理解した。それならそんなに嫌じゃないかもしれないと思ったが、さっき掴みかからんばかりに食ってかかってしまった手前、素直にそうですかと認めることができなかった。引っ込みがつかない。そのせいでついまた難癖をつけてしまう。
「…『可愛い』、に違いなんてあるんですか…」
こんな俺は全然素直なんかじゃないじゃないかと心の中で己を詰るマルオは、自分のことを素直だと言ってくれた世理の顔を見ることができずに俯いていた。だが、そんなマルオの態度にも世理は気分を害した様子もなく優しい口調のままで言う。
「俺が言った『可愛い』ってのは見た目のことじゃなくて中身のことなんだけど、丸岡が『可愛い』っていう言葉そのものが嫌なら…そうだな、『お気に入り』に言い換えてもいいかな」
世理は少し考えながらひとり言のように続ける。
「うん、そうだな、『お気に入り』の後輩。ああ、『特別』な後輩でもいいかな。俺がマンツーマンでサックスの指導をしているわけだし、他の部員とは違う『特別』扱いってことで間違ってないよな」
うんうんと、さもいい事を思いついたとでもいうように一人頷く世理に、マルオも顔を上げる。
「…俺、城山先輩の特別なんですか?」
「うん、そうだな。丸岡は俺の特別だ。特別かわ…あ、えーっと、あの、その、なんだ、あれだ…お、お気に入りの後輩だ」
途中、ついつい『可愛い』と言いそうになって慌てて言い直した世理の様子に、マルオもついクスッと笑ってしまった。それに自分の憧れであり、みんなの人気者である世理からそんな風に言われて嬉しくないはずがない。おかげで肩の力が抜けて素直になれた。
「城山先輩、さっきはついつっかかってしまってすみませんでした。先輩にそんな風に言ってもらえて、俺…俺…あの、嬉しい、です。…先輩の言う『可愛い』は…そんなに、嫌じゃないです…」
マルオは顔を真っ赤にしながら最後は消え入りそうな声で言った。
「それで、あの…城山先輩も、俺の特別です。えっと、特別尊敬する先輩です」
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