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世理には相談すると言ったが、マルオは両親には「バイトするから」と宣言しただけだった。マルオの気持ちは既に決まっていたのだ。自分のサックスが欲しいというのは確かにある。だが、それと同じくらい、いや、ひょっとしたらそれ以上に、世理の言葉がマルオの心に響いていた。 『丸岡がバイトしてくれたら嬉しい…嬉しい…嬉しい(エコー)…』 そして、翌日には世理に「よろしくお願いします」と連絡を入れた。 かくしてマルオは『subtone』でアルバイトをすることになった。夏休みも残り一週間を切った頃のことだったので、残り少ない夏休みは部活とバイトに明け暮れることとなった。宿題は、まぁ、それなりに。 マルオにとって人生初のバイトである。初日は緊張した。何をどうすればいいのか全くわからないマルオに、マスターが一から教えてくれた。先ずはメニューを覚える。(と言ってもいきなり全部は無理だから徐々にでいいよと言われている。) お客さんが来たらお水とおしぼりを持って行く。オーダーを聞いてマスターに伝える。出来上がった品をお客さんに届ける。レジ。片付け。それ以外にも細々と雑用もある。覚えることはたくさんあったが、持ち前のひたむきさで懸命に体を動かした。 『subtone』はやっぱり居心地のいいお店で、バイトの身でありながらも楽しい時間を過ごさせてくれた。落ち着いた雰囲気の店内も、そこに流れるジャズも、鼻腔をくすぐるコーヒーの香りも、視覚も嗅覚も刺激される料理も、マスターも、ここに集まるお客さんたちも、全てがマルオに優しい。 それに世理も毎日顔を出してくれる。
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