過去

3/6
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「郁実、ほら笑って笑って。せっかく可愛くしてあげたのにそんな膨れっ面してたら台無しだよ」 「そのお洋服よく似合ってるよ、郁実ちゃん」 公園の真ん中、少しだけ周囲より高さのあるところーーそれはステージにでも見立てられていたのかもしれないーーに立たされ、笑えと言われた。更にはクルッと回れだの、両手でスカートの裾を軽く持ち上げてポーズを決めろだのと無理難題を押し付けられた。姉に逆らえないマルオが仕方なく言われるままにすると、姉たちはわざとらしく拍手をして騒ぎ立てる。 そんなことをしていれば、何事かとマルオたちに周囲の目が集まってくる。まるで見世物だ。笑うどころか泣きたくなる。姉や理々子は何が楽しくてこんなことをするんだろう。マルオにはさっぱりわからなかった。 しかし周りはそんなマルオの気持ちなんて知りはしない。マルオを取り囲み、そして口々に言うのだ。 「郁実ちゃんっていうの? 本当に可愛らしいお嬢ちゃんだこと」 「お目々が大きくてパッチリしてて、ホントになんて可愛らしいのかしらね」 「色も白くておばちゃん羨ましいわ」 誰もがマルオを女の子だと信じて疑わない言葉しか言わない。マルオは、自分は男なのにと言いたいが言えない。男なのにこんな格好をしていることが恥ずかしかった。男だとわかったら呆れられるのではないかと、男のくせに何をしているんだと、そういう目で見られることが怖かった。だから本当は男だということを知られたくなかった。男なのにと思う反面、男だと知られることを怖れた。幼いマルオはその思いを表現するだけの言葉を知らなかったし、もし言葉にできたとしても姉に返り討ちに合うだろうことは想像に難くなかった。結局マルオは唇を噛むしかなかった。 姉も理々子も満足そうな笑顔を向けてくるが、マルオは全然嬉しくない。笑えるわけがなかった。かと言って仏頂面でいれば、また姉に文句を言われるに決まっている。マルオは顔を見られないように俯いているしかなかった。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!