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カランとドアに付けられたカウベルの音が聞こえたので反射的に「いらっしゃいませ」と声をかけた。少し遅れて入り口を見ると、世理が「よ!」と片手を上げながら入ってきた。
「先輩!」
世理に会えた嬉しさから、呼びかけるマルオの声はついつい大きくなる。カウンターの中で調理をしながらマスターが顔だけこちらに向ける。
「なんだ世理、また来たのか。受験生のくせにいいのか?」
「ハルさん冷たいな。勉強は怠りないよ。ここに来るのは息抜きだよ」
「そんなこと言って、お前、ここんとこ毎日じゃないか」
「まあまあ、いいじゃない」
マルオは二人のやりとりをキョトンと眺める。世理が毎日『subtone』に来るのはずっと前から続いていることだと、勝手に思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。
「お前、あれだろ? 郁実君のことが気になるんだろ? 」
と、マスターがにやけた顔で言うと
「まあね、紹介した手前もあるし、丸岡がちゃんとやってるかなってね」
その言葉を聞いてマルオはハッとした。自分がしっかり働かないと先輩に迷惑をかけることになるんだと気づき、心の中で焦りを感じた。だが改めて、先輩の顔を潰さないようにしないと、と気を引き締める。そんなマルオを余所に、マスターは尚も世理ににやけた顔を向けている。
「ふぅ~ん、ホントにそれだけか? 」
「美味いコーヒーも飲みたいしね」
「フッ。まぁ、そういうことにしといてやるか」
「なんか嫌な感じだなぁ。まぁ、いいや。アイスコーヒーちょうだい」
「はいはい」
マルオの毎日は飛ぶように過ぎていく。
部活が午前練の時は午後から夜まで、午後練の時はその後、夕方から夜までバイトに入った。それは体力的にはハードなものだったが、全然気にならないほど楽しかった。
マルオにとって、この夏は忙しくも充実した日々だった。
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