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早朝。
大きな窓から陽の光が差し込んでくる廊下。
コツ、コツと音を立てるのは、まだ数えるほどしか履いていない新品同然のハイヒール。
スカートから覗く脚のラインは、我ながらお気に入りだったりする。
ずっと、「公務員企業」と呼ばれるような大企業に勤めるOLに憧れてきた。
生活の安定?
それとも、女性としての格?
それ以上に、いつかテレビドラマで見たOLの姿があまりにも眩しかったから。
ハイヒールを履いて、リズムよく音を立てながら颯爽と歩く姿が格好良かったから。
小学校の卒業文集の「将来の夢」の欄にも、迷うことなく「OL」と書いた。
クラスメイトが「医者」や「教師」、「看護師」といった名前のある職業を書く中で、アルファベットのそれが異様に目立ったのか。
はたまた先生がよほどヒマで心配性だったからか。
真実は今となってはわからないが、母親と一緒に放課後、呼び出しをくらったことがある。
学生になっても、「現実的でいいよね」と引き気味に言われてきたから、傷ついたことはない。
それでも、大企業の中でも就職希望者が殺到する西山電機に就職して、念願のOLになったのだから、夢を叶えたことになる。
この際、その夢を笑った人たちの現在は?なんて言ってやるな。私の腹がよじれるだけだ。
まだほとんど誰もいないオフィスを、背筋を伸ばして堂々と歩く。
ドラマの女優さんのように美人に成長することは叶わなかったが、星野葵は、今の自分を結構気に入っていたりする。
身長が175cmと高いせいでよくも悪くも目立ってしまうことがあるものの、スタイルは可もなく不可もなく。
仕事や勉強は、同期の新入社員のなかではそこそこできる方だと思うし、頭の回転だって早い方だ(と思いたい)。
「おっはよー、ホシ!」
「朝からうるさいよ、矢吹」
ごめんごめんと照れ笑いしてみせるのは、幼馴染の矢吹誠也。
こういうと周囲の反応はまちまちなのだが、小学校の時からずっと一緒である。
自分より大きくなった男を見上げて、悔しく思ってしまうくらいの距離感にある。
「じゃ、俺こっちだからまたね」
こんなことをするから常に誤解を招いてしまうのだが、はっきり言えるのは、お互いに「そういう感情」はない。
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