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もはや足もすくんで動けない状況で女中は少しだけ開いている障子の隙間から
中の様子を伺おうとした。
息を詰め気配を消し、恐る恐る部屋の中をのぞいたとき
女中は違和感を感じた。
どこか既視感のある身体つきだったのだ。
もう少しよく見ようと思わず足を一歩出したところで
静寂の中に床板がきしむ音が響く。
その瞬間、中にいたモノが勢いよくこちらを振り向いた。
そのモノの顔を見た女中はまるで心臓をつかまれたような感覚に陥った。
しかし、それは中の惨状を見たからでも
魔物の恐ろしい顔を見たからでも無かった。
その顔は女中も良く知る女の顔だった。
なぜあの方がこんな…!
それは確かにあの事件が起こる
一月前に赤子とともに山へ置いてきたはずの女だった。
目は赤く光口元には鋭い牙が覗いているのがわかる。
あんな状態で生きているわけがない…。
それなのになぜ生きているのか。
なぜ彼女が人を喰らっているのか。
そもそもこの鬼のような目と鋭い牙は一体…。
恐怖と混乱のあまりその場から動けずにいると
その女はゆらりゆらりと女中の方へと歩き出す。
殺される。
そう悟った女中が目をつぶったその瞬間
ひときわ大きな風がその場に吹いた。
一瞬で風は止み辺りはしんとした静寂に包まれる。
女中が恐る恐る目を開けるともう女はどこにもいなかった。
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