第1章

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病院の上層階にある個室の病室の窓から春奈は、高層ビルが建ち並ぶ景色を不思議そうに眺めている。 彼女は自身の事を思う。 物心がついた頃には、殴られ蹴られながら人を殺す術を教え込まれていた。 殺しの術を教え込む男は彼女の褐色の肌を指差し、「その黒い肌は暗闇に溶け込みやすい、神に感謝しろ」と声をかける。 10を超えた歳の頃には、彼女は組織でトップクラスの殺し屋となっていた。 10代の半ばに差し掛かった頃、王都での仕事を終えて次の指令を受けるため滞在していた地方都市のアジトを、その地方を領する公爵のお抱え獣人傭兵と王都の精鋭騎士団の混成部隊が強襲して、彼女は王都に送られて火炙りの刑にされる。 次世代を担う美丈夫の第一王子を暗殺した彼女に、処刑を見物に来ていた群集が石を投げつけた。 石を投げつける群集の中の自分と同じくらいの年齢の女性たちを見ながら、彼女は殺し屋では無く彼女たちのように普通の女の子として暮らしたかったと思い焼け死ぬ。 焼け死んだ筈なのに自分に向けられる殺意を感じ、身を守る行動を無意識に行う。 それから周りを見渡した彼女の目に映ったのは、見た事も無い風景や変わった服装の人達、それに真っ白な自分の手だった。 彼女は病院のベッドに寝かされてからの事を思い出す。 両親や姉や兄と名乗る男女、彼らが見せる慈愛に満ちた顔。 彼女は今まで一度もそのような顔を向けられたことは無い。 殺す相手からの憎しみや、殺しや性の捌け口としての道具を見る目でしか見られなかった。 彼女は誰が呉れたのか分からない新しい人生というプレゼントを、大事にしようと心に誓い、今まで一度も口にしたことが無い言葉を無意識に呟く、「神様感謝します」と。
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