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カギヤが慌てて席を立つと、優羽がカウンター内から出てきた。
「今日はスーツじゃないんですね。もしかして、この後もお仕事ですか?」
「え?ああ、そうなんだ。駅前の駐輪場が通り道だったから、ちょうど立ち寄れるかもって気付いて。少し休憩のはずが居心地が良くて、つい長居しちゃったよ」
困ったような笑顔をしながら「それじゃ」と木製のドアを開けると、取りつけられているベルが、カラカランと明るく心地良い音を立てた。
「ありがとうございました!また来てくださいね、お待ちしてます」
店の入り口で見送っている優羽に、ボストンバッグを肩から下げたカギヤは笑顔で手を振ってから背を向けた。
警視庁捜査二課で刑事として活躍していた頃、何人も騙してきた言葉巧みな知能犯を相手取り、平然とした態度ではったりを利かせて自供に追い込んだことも一度や二度ではない。
それなのに、優羽に嘘を吐くことが耐えきれず「また来るね」のたった一言が喉から出せなかった。
表社会にいた時よりも大怪我を負う機会が増え、命の危険にさらされたことも何度もあるが、それでも自分の解錠の技術を活かした仕事ができるのは嬉しかったし、上官である班長のアザミや仲間たちのことも大好きだ。
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