:魔王、異界に駆け込む:

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 それはさておき、魔王が心の底から悲しんでいるのは本当である。自分が生まれ育った、父祖より代々受け継いできた漆黒の『魔王の城』を、風呂敷一つの手荷物のみで追い出されてしまったのだ。つまるところ今日から家なし・職なしの「ニート」、外聞よく言って「元・魔王」なのであるが、その事実を認めるわけにはいかないのだ。  そんな魔王をこんな境遇に追いやったのは、天使軍である。  しかも、人間の英雄を召喚した天界軍。 「どの時代の書物を紐解いても、人間の英雄に率いられた天使軍の軍勢がいたためしはなかった――」  と、魔王は拳を握った。整った顔がたちまち曇り、涙が滑り落ちた。  天界と魔界の戦いというのは、生きることに飽いた天使族と悪魔族が定期的に行っている「模範演技」、或いはストレス発散のようなものだった。  なにせ、彼らは窮屈な生きざまを強いられている。  天使も悪魔も、同じ世界で暮らす同じ「天界人」である。人間でいうところの、関東人と関西人程度の違いである。簡単に言えば「天使族は天使らしく、悪魔族は悪魔らしく」しなければならない程度の違いである。  それも、人間たちのために。  いつごろ決められたのかはっきりしない古い規則や規律や、誰が記したのかすらわからぬ古文書に縛られて生きている気の毒な人々である。 『この本』によれば、悪魔族は「人間にとっての悪を体現すべし」と記され天使族は「人間にとっての善を体現すべし」と書かれている。     
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