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案の定、というべきか。
異界は、魔王主従にとても冷たかった。
「350番でお待ちのお客様、6番窓口までお越しください」
機械の声に導かれてたどり着いた窓口には、初老の男性が座っていた。グレーのスーツを隙なく着こなした、感じの良い男性である。魔王を見ても顔色一つ変えない彼は、天使でもなく、悪魔でもない。人間である。
その男は、にっこりと笑った。
「いらっしゃいませ。本日のご用件は……」
我らは魔王主従である、と魔王が高らかに叫ぼうとしたら、近くにいたスタッフがすっ飛んできた。やはり人間の若い女性で、黒いスーツがはちきれんばかりのムチムチとした体つきだ。思わず魔王の鼻の下が伸びたが、ごほん、と家臣が咳払いで合図する。そんな主従のやりとりを意に介さず、
「お客様、恐れ入りますが個人情報を大声でお話になりませんように」
と、女性が言った。
個人情報もくそもない。魔王は、そっとフードを外した。
「ここにいる誰もが、俺が魔王だと知っていると思うが……」
「はい、毎朝テレビドラマでお見掛けしております」
「違う、そっちは副業だ。本業は魔王である。俺の他に魔王はいない」
「それでも、決まりでございます」
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