プロローグ――誘引

15/18
前へ
/729ページ
次へ
 そして――冬吾は霞がかったような意識の中で、神楽の右手が動くのを見た。その手は何かを持っていて、冬吾の腹へ押し当てられる。「バチッ」という音がして、その瞬間、冬吾の全身に強烈な衝撃が走った。 「うっ……ぐっ……!?」  恍惚とした世界から一瞬にして引き戻される。冬吾は大きく身体を震わせ、驚愕と痛みとで、叫んだ――が、接吻によって口を塞がれているため思うように声が出せない。チカチカと明滅する視界の中で、神楽の右手を見る。その手に握られていたのは、スタンガンだ。今の痛みは、高電圧を流されたことによる刺激だったらしい。  全身に麻酔を打たれたかのような感覚だ。筋肉が萎縮してしまって、まったく身体の制御ができない。長椅子の背もたれに、だらりと身体を預けてしまう。意識を集中させないと、息さえ苦しい。  神楽はようやく唇を離すと、嘲笑うかのように囁いた。 「くくくっ……そんなに良かったか?」  神楽の手が冬吾の頬を撫でる。 「こんな唇を重ね合わせるだけの児戯ではなく、もっと情熱的にしてやってもよかったんだがなぁ……? ふっ、そんな必要もなかったか。こんな馬鹿らしい芝居に騙されてくれるとは、ウブな坊やの扱いは簡単で助かるよ」  ――くそっ!! とんだ大馬鹿野郎だ、俺は!  後悔しても遅い。どうしようもないほどに、致命的な失敗だった。あんな行動に、言葉に、惑わされてしまうなんて。油断していい相手ではないとわかっていたはずなのに――。
/729ページ

最初のコメントを投稿しよう!

119人が本棚に入れています
本棚に追加