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プロローグ――誘引
思い出すにもおぼろげな、遠い過去の記憶。あれはたしか、まだ小学校に上がったばかりの頃だったか。
子どもの頃に思い描いていた、将来の夢。自分の場合、それは、父のような刑事になることだった。
父はいつも落ち着いていて、頼もしかった。少し無愛想ではあったけれど。
母は妹を産んですぐに病死してしまったが、父は、その母の分まで二人の子どもに愛情を注いでくれたように思う。
仕事で忙しい父と一緒に過ごせた時間は決して多くはなかったが、家庭を守りつつ強行犯係の刑事として日夜犯罪と戦う父の姿に、子どもながらに憧れた。
ある日、そのことを父に話した。どういう話の流れだったか……よくは覚えていないが、将来は何になりたいのかと訊かれて、それに答えたような覚えがある。
――お父さんみたいなかっこいい刑事になりたい!
そう言うと、父は虚を突かれたように驚いた顔をして、それから……なぜか少し悲しそうな表情になった。父は「ありがとうな」と優しく頭を撫でてくれて、そして、「でも」と続ける。
――お父さんはかっこよくなんかないよ。
謙遜や照れ隠しのような言い方ではなかった。自分が憧れの対象になるのは相応しくない、と父は考えていたのだろうか。どうしてそんなことを言うのかわからなくて、無性に切ない気持ちになったことを記憶している。
結局、そのとき父が何を思ってそんなことを言ったのか……聞き出す機会は訪れなかった。
父――戌井千裕(いぬいちひろ)が何者かによって殺されたのは、今から四年前の秋だった。
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