どんぐり

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 朝が来た。春香はベッドから起き上がると布団を肩にかけ部屋の窓から庭を見つめた。そこにはひと粒もどんぐりがなかった。夜中のうちに降り出した雪が春香の投げたどんぐりを全て消してしまったのだ。  下の階からお母さんの声が聞こえてくる。 「春香、いつまで寝ているの。正樹君、一番早い便で帰っちゃうのよ」  春香はその場にうずくまり、みの虫みたいな格好になって布団を強く握り締めた。 「春香、聞こえているんでしょ?」  もう一度、お母さんの声が聞こえたが春香は動こうとしなかった。表で車の走り出す音が聞こえた。春香の目に涙が溢れてきた。正樹はお別れの声くらいかけてくれると信じていたのだ。春香は慌てて部屋を飛びした。その拍子に何かを蹴飛ばしてしまった。  コーン、コン。春香は視線の先にひと粒のどんぐりを見つけた。春香は階段を駆け降りるとそれを拾い上げた。茶色い木の実の表面にマジックで『きっぷ』と書いてあった。 「トトロ……」  春香は誰もいない居間を見つめるが森の妖精を見つけることはできなかった。暖炉のなかも覗いてみるが何も隠れていない。  でもこのどんぐりには特別な力があるような気がした。春香は玄関の扉をそっと開けた。 「あっ!」  玄関先の屋根のしたに猫バスの大きなぬいぐるみが置いてあった。その猫バスはニヤついた顔でメッセージカードをくわえていた。 『東京で待っているよ。正樹』。     
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