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「及川さん」
あの声でそんな風に名前を呼ばれたことがなかったので、一瞬、自分のことだとわからなかった。
少しの間のあと振り向くと、遼太郎が私をまっすぐに見下ろして立っていた。
まさか彼の方から話しかけてくるとは思っていなかった。
知り合いであることも彼には鬱陶しいだろうと思っていたから、話しかけられて嬉しいのか怖いのか、自分でもわからない。
ただ驚き、目を見開いて立ちすくんだ。
遼太郎に話しかけられることは滅多になかったし、あったとしても「おい」とかで──。
もちろん「莉穂」と下の名前で呼ばれたことはないし、疎まれるようになってからはこうして真っ直ぐに見つめられたこともなかった。
彼の視界から締め出されいるような気さえしていたのだから。
遼太郎にとっては仕事の仲間として不可避の状況だからだと自分に突っ込んでみても、彼の視線を受け止めると、遠い昔に戻ったように頬が熱くなった。
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