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ずっと聞こえていた彼女たちの声は遠ざかり、僕の耳には届かなくなった。
それは、僕が足を止めたからだ。
隣に流れる川の土手にはつくしが伸び、シロツメクサがひょっこりと顔を出す。
春の柔らかさと穏やかな風が、辺りの風景を包み込んでいた。
すっかり小さくなってしまった彼女たちのランドセルの赤とピンクが、春の花のように見えた頃、僕は先ほど聞いた言葉を思い出していた。
――『もうすぐ春だね』
――『私、桜、大好きなんだ』
春が近づき、随分暖かくなってきたというのに、僕の指先は異常なくらい冷たくて、左手で右手をギュッと握った。
毎年、どれだけ抵抗しても春は来る。
僕にとって、憂鬱な春が。
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