君が笑えば

4/8

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
  「佳典(よしのり)、起きて」 柔らかい声が耳に流れ込んできた。 暖房が効いているのか寒くはないけど、鼓膜を震わせていった声にぞくぞくする。 あーあ、夢にまで見るようになったのかと、開かない瞼のまま頭をかきながら上半身を起こした。 「もう少し寝かせてあげたいけど、朝御飯だって」 間違いなく至近距離からの声にぎょっとして、くっついた瞼を引き剥がした。 「おはよう」 「……アキ?」 自宅の居間。 くたびれたソファ。 ジャンパーを着込んだままの自分と、身を起こしたときにくしゃくしゃになった布団と、傍らに膝で立って俺の顔を覗き込む、アキ。 「風邪引いてない?」 「……多分」 「それならいいけど」 状況が飲み込めない。 温熱効果のある薄手のシャツの首もとをセーターから覗かせて、髪をすっきり纏めたアキが微笑んでいる。 迷わず手を伸ばして抱き寄せた。 腕に伝わる体温と、吸い込む空気に混じるアキの匂いが、夢じゃないと脳を揺する。 「ちょっ、佳典、待って」 腕の中で身を捩るアキに唇を寄せたところで、聞きなれた別の声に我に返った。 「気持ちは解るが、それは二人のときにしようか」 姉貴がキッチンと居間の境から心底嫌そうにこっちを見ている。 「ね、朝御飯だって」 もぞもぞと腕から抜け出したアキが真っ赤な顔で立ち上がり、キッチンへ逃げていった。 「アキも姉貴もなんで……仕入れっ!!!!」 疑問と仕事が一気に駆け巡って、ソファから飛び出すと、姉貴が笑った。 「今日祝日よ?市場休みでしょ。 やってるとこは父さんとうちの旦那さんが行ってくれてる。 寝ぼけてないで、早いとこご飯食べて店行くよ」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加