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「佳典(よしのり)、起きて」
柔らかい声が耳に流れ込んできた。
暖房が効いているのか寒くはないけど、鼓膜を震わせていった声にぞくぞくする。
あーあ、夢にまで見るようになったのかと、開かない瞼のまま頭をかきながら上半身を起こした。
「もう少し寝かせてあげたいけど、朝御飯だって」
間違いなく至近距離からの声にぎょっとして、くっついた瞼を引き剥がした。
「おはよう」
「……アキ?」
自宅の居間。
くたびれたソファ。
ジャンパーを着込んだままの自分と、身を起こしたときにくしゃくしゃになった布団と、傍らに膝で立って俺の顔を覗き込む、アキ。
「風邪引いてない?」
「……多分」
「それならいいけど」
状況が飲み込めない。
温熱効果のある薄手のシャツの首もとをセーターから覗かせて、髪をすっきり纏めたアキが微笑んでいる。
迷わず手を伸ばして抱き寄せた。
腕に伝わる体温と、吸い込む空気に混じるアキの匂いが、夢じゃないと脳を揺する。
「ちょっ、佳典、待って」
腕の中で身を捩るアキに唇を寄せたところで、聞きなれた別の声に我に返った。
「気持ちは解るが、それは二人のときにしようか」
姉貴がキッチンと居間の境から心底嫌そうにこっちを見ている。
「ね、朝御飯だって」
もぞもぞと腕から抜け出したアキが真っ赤な顔で立ち上がり、キッチンへ逃げていった。
「アキも姉貴もなんで……仕入れっ!!!!」
疑問と仕事が一気に駆け巡って、ソファから飛び出すと、姉貴が笑った。
「今日祝日よ?市場休みでしょ。
やってるとこは父さんとうちの旦那さんが行ってくれてる。
寝ぼけてないで、早いとこご飯食べて店行くよ」
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