第一章

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 ***  講義が頭に入ってこない。  保科先生に次はいつ会いに行こうかばかりを考えてしまう。先日会ったばかりだからすぐに会いに行くのはおかしな気がする。でも保科先生が約束を忘れてしまうのは困る。  そもそもあれは約束に入るのだろうか?  しかも女の私から飲みに誘ってしまったけれど、軽い女と思われていないだろうか? 「おい」  保科先生が比較的早くに仕事が終わる曜日はいつかな。 「おい」  肩を叩かれ、私は無理やり現実に戻された。ふと周りを見渡すと、講義はすでに終わっていて生徒たちが講義室から出て行こうとしていた。 「馨」  肩を先程叩いたのは元彼となった林拓だった。声をかけられなかったら存在すら忘れていたかもしれないことに少し罪悪感を覚える。そして改めて自分は拓のことがそれほど好きではなかったのだと思った。私は、本当に、酷い女だ。 「……拓。えっと、何?」 「……なんだ、元気そうじゃないか」  そう言った拓の目の下にはくまができていた。 「……おかげさまで」  その顔をあまり見ないようにして答える。 「俺の部屋に置いてる馨の私物、捨てといていいのか?」 「いいよ」  私はなんの感情も入れずに即答した。 「……馨」  何か言いたそうな拓の言葉を遮る。 「ごめん、私、次の講義別館だから行くね」  プライドの高い拓にこんな顔をさせているのは私だ。それはとても申し訳ないし、悲しい。でも、だからこそもう私に関わらないほうが拓はいいのだ。 「本当に、今まで、ごめん。拓。私のこと恨んでいいから」 「馨……」  私は本当に身勝手だ。自分で近づいたのに傷つけて、それすら分からず自分からは別れずに、拓に別れを言わせる形に追い込んでしまったのだから。  やっぱり私は中学生の私ではなくなってしまった。あの頃の私は素直ではなかったけれど、穢れていなかった。自分の寂しさのために他の人を利用するなんてしなかった。  保科先生のことを考えて舞い上がっていた私の心は急にしぼんだ。保科先生は私がこんな女だと知ったら、それでも元生徒として嫌わないでいてくれるだろうか。
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