67人が本棚に入れています
本棚に追加
先生方に会えたのはそれはそれで嬉しかったが、私は保科先生ともっと話がしたかった。保科先生は私が他の先生と話している間、話には加わらず自分の仕事をしていた。せっかく来たのに、このまま帰らなければならないのだろうか。それだけは嫌だ。
「保科、先生? こないだおごってもらったので、今日は私におごらせてください。先生は何を飲まれますか?」
タイミングを計って話しかけると、保科先生は私を見て、
「そう、ですか? 佐倉はバイトか何かしてるのですか?」
と言いながら職員室を出た。私もそれについていく。
「家庭教師をしています」
「そうですか。あ、私はブラックコーヒーを」
私は自分のアップルティーと保科先生のブラックコーヒーを自販機で買った。
「先生はまだ仕事残っているのですか?」
「そうですねえ、平日はなかなか早くには帰れませんね」
「そうですか……。私、先生と飲みに行けるって楽しみにしていたのになあ」
私の言葉に保科先生は珍しく淡く微笑んだ。
「てっきり冗談を言っているのかと思っていましたよ」
「そうなんですか? 酷いな、先生」
「そうですねえ、皇学館は今でも水曜日が休みです。どこかランチにでも行きますか?」
私は自分の心臓が口から出るのではと思った。先生に誘われた。でも。
「えっと、先生。でも休日は家族サービスもしなきゃいけないんじゃ……」
私の言葉に保科先生の顔がひきつった。私はとっさに口をつぐんだ。
「……家族サービスは毎週じゃなくてもいいですよ」
どこか冷めた声で保科先生は言った。
「先生がいいなら私は嬉しいです。水曜日はちょうど三限目の時間講義がないので、早めのお昼で良ければご一緒したいです」
「そうですか。どこにしましょうかね」
保科先生の笑顔を見て、私はほっと息を吐く。
「あの、よろしければお店、探しておきますよ?
……それで、先生、連絡先を教えてもらってもいいですか?」
声が掠れる。先生はとくに気にすることもなくスマホを背広の胸ポケットから取り出した。赤外通信でお互いの連絡先を交換するとき、私の手は震えていたと思う。
「さあ、今日はもう遅い。帰りなさい。途中まで送りましょうか?」
「大丈夫です。じゃあ、連絡しますね」
「分かりました。気を付けて帰るんですよ」
「はい。じゃあ、また」
また、と言えることが嬉しくて、自然と笑顔になった。保科先生はそんな私を目を細めて見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!