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「……もう随分私の知らない佐倉が増えましたね」
保科先生はポツリと言った。
「私は佐倉に幸せになってもらいたい。でも、そんな顔をされると、自分が間違ったことを言っているのか不安になります」
そう言った先生は私の知らない顔をしていた。こんな心もとない表情の先生を私は見たことがない。私にとって絶対的な自信に満ちた先生だった先生。その先生が先生ではなく、一人の男性に見えた。
私は衝動に駆られた。
言ってしまいたい。その人は先生、貴方だと言ってしまいたい。
でも、言ったらきっと先生は困る。
そして、今の生徒と先生という関係も変わる。きっと先生はもう会ってくれなくなるだろう。
先生には家庭がある。もう生徒でもなく、先生のことを好きなただの女の私。先生がどちらを取るかなんて決まっている。やっぱり好きになってはいけない人だったんだ。
でも、それでも言ってしまいたい……! この後どうなってしまっても!
「さ……くら……?」
私はシートベルトを外した。そして、先生のネクタイに手をかける。先生と目が合う。先生の揺れる黒目に私だけが映っている。
「さ……」
私の名前を呼ぼうとする保科先生の口を唇で塞いだ。
先生は呆然と私を見つめている。その目を挑むように私は見ながら、ゆっくりと唇を離した。
「分かりませんか?
……私の好きな人は先生、貴方です」
言ってしまった……!
先生はどんな反応をするだろう?!
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