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「なぜ?」
「私は結婚している。それがどういうことか、貴女は分かっていない」
私は先生の頬に触れる指に力を入れる。
「分かりたくないです。先生に愛してる人がいるなんて分かりたくもない」
保科先生は顔を歪ませた。そして苦しげに息を吐いた。
「佐倉。……貴女は私にとって可愛い生徒なんです」
「生徒……。生徒、ですか。そうでしょうね。先生にとっては。……私は先生に嫌われたくないから生徒でいようと思ってました。でも、もう嫌です。面影を他の人に探すのも限界」
私の声が涙に震える。
「佐倉……! 私は……」
「私、今とても嬉しい……。だって、先生、今、先生の顔していないですよ? 私、もっと先生の色々な顔、見てみたい」
私の言葉に、保科先生は眉を寄せて、目を瞑り、苦しげな顔をした。だが、次の瞬間その目を開けて、私を見た。
保科先生は私の手を掴んだ。
「では、私は先生、失格ですね……」
ため息をこぼす様に先生は言った。
「先生?」
「……私には家庭がある。社会的地位もある。だから、それを手放す気はありません」
私は先生の言葉はもっともなことだと思った。
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