煙草が似合わない

6/19
249人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 春宮が、まるで見せつけるみたいに煙草を自分の口に運んだ。さっきまで狩野が咥えていた吸い口に、春宮の形のいい唇が触れる。上下にわずかに割れた隙間に先端を含んだと思うと、少しだけ尖らせてついばむような形を作る。  男のくせに艶やかでうっすらと桜色のそれは、触れたらきっと柔らかい。  春宮は長い睫毛を伏せて息を吸い込むと、ぴんと反らせた人差し指の先で狩野の顎を撫で上げた。指一本で顔を上向かせられてしまう。そこに、ふぅっ、と煙を吹きかけられる。  同じ煙草なのに、自分で吸って吐く煙とまるで違う匂いがする。 「似合わないのはお前の方だよ、この童貞」 「なっ」  春宮は、高い鼻の先から冷たい視線を狩野に向ける。その視線に煽られて、つい、しなくてもいい反応を返してしまった。 「童貞じゃなくなれば、吸っていいのかよ」  ぷっ、と春宮が吹き出した。 「ばーか。お前、自分で認めてやんの」  あ、と口が半開きになる。間抜けな返し方をしたことを後悔するよりも先に、笑みに崩れた春宮の顔に見惚れてしまった。  春宮がまた、一口煙草を吸う。指に挟まれた煙草の先から煙がたなびく。  袖口までボタンをきちんと留めたシャツから覗く手首が、誘いかけるみたいに細い。片手でまとめて握ってしまえそうだ。 「童貞、捨てさせてやろうか」  桜色の柔らかそうな唇を、春宮が自分の舌でぺろりと舐める。自分と同じ煙を吸い込んだそこは、どんな味がするんだろう。     
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!