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二歩進んだところで、急に仔猫が動いて私の頭の方へ駆け上がろうとしたため、私はうっかりバランスを崩してしまった。
あっと思った時には仔猫と一緒に枝を滑り落ちていた。
十分に想像し得る事故だったが、その時の私は仔猫を救う勇者にでもなったようなつもりでいたのだ。愚かにも自分の運動神経の無さを忘れて。
衝撃に備えてギュッと眼を瞑ったが、思ったような痛みは来なかった。
恐る恐る目を開ければ、そこには大好きなヒトの顔があった。
目深にフードを被ってはいるが、僅かに覗いている焦げ茶の癖毛、笑いを含んでこちらを見下ろす優しい琥珀色の瞳、すっきりと整った美しい顔立ちは、人狼族の青年、ロウのものだ。
雨の雫がフードを伝って頬に落ち、はっと気付いた。ロウが木から落ちた私と仔猫を受け止めてくれていたのだ。
嬉しさと恥ずかしさと驚きで、咄嗟に言葉が出ない。
「お姫様、無茶はほどほどにしないと、魔女に叱られるよ」
張りのある弦楽器のような美声で耳元で囁かれれば、ますます心臓がバクバクとうるさく騒ぐ。
「た、助けてくれて、ありがとう」
何とかお礼の言葉を述べれば、ロウはにっこり頷いて、私を横抱きにしたまま、玄関の方へと歩き出した。
大丈夫、歩けるよ、と言おうとしたが、勿体無いので黙っておく事にする。
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