私は衛兵

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だけどカフェで朝食を済ませて、カードの読み取り機を持ってやって来た店員に「グラン・サプロンの広場はどっち?」と訊くと、「店を出て左に真っ直ぐ。でも、この時間じゃもう屋台はないよ」との答え。おかしいな、ガイドブックには夕方までと書いてあったのだけどと残念そうな顔をしていると、「ジュ・ド・バルの市場はどう?」と彼。「中古品市場でしょう?」「でも、悪くないよ。僕はよく行く」私は彼を信じることにした。  ヴェネチアングラスが欲しかった。本当にヴェネツィアに行ったときは、お店があまりに多くて選びきれなかったのだ。地面に直接敷かれたビニールシートの上で、不安定に揺れるカラフルなグラスを真剣に見つめ、これだ!という色を選ぶ。私は指差し、シートの真ん中に胡座をかく男に尋ねた。 「これ一つでいくら?」 「それはセットだよ。四脚で一つなんだ」  じゃあ四脚ならいくらなの、と更に尋ねようと思ったけれど、やめた。四脚でならきっと買わない。私はロンドンの古着市で、一度試着しただけで、他の店を見ているときもずっと、その店の主人に付きまとわれたのを思い出してやめた。どちらかというとこの男は観光客の冷やかしだと思って、あまり真面目に答えていないようだったけれど、ならばそのまま冷やかしのまま去ろう、と私は膝を伸ばして立ち上がった。  一度そういう風に諦めてしまうと、他にいいものを見つけても、声をかける気になれなかった。広場の角に、背の高いテーブルがいくつか並び、立飲みしている人たちの手元を覗くと、生牡蠣の皿があった。     
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