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◇ Prologue ◇
十二月二十四日。クリスマスイブのその日、ベイエリアの夜景を眺めながら十人の男たちが巨大な円卓を囲み、優雅にディナーを愉しんでいた。夕方に、港区は竹下桟橋を出港し、約四時間をかけて東京湾を周遊するクリスマスイブだけに企画されたディナークルーズである。
一番年若い男の名は、辰巳一哉といった。
十八歳の彼は、若いながらも勇誠会系辰巳組の若頭補佐という肩書を持つ。年齢に見合った若々しい躰はまだ成長しきってはいない。その上顔が可愛らしく、ロングのウィッグでも被せたら女に見えない事もない。
だが、彼の口調は随分荒く、学校創設以来の問題児と専ら教師たちの頭を悩ませてきたほどである。若頭の養子であり、ゆくゆくは組を背負って立つ男だ。
次に若い男の名は、ガブリエル。
十九歳のフランス人である彼は、フランスマフィアの一員である。組織の事情により素性を明かす訳にはいかないものの、次期アンダーボスとなる男の養子である彼もまた、一哉と同じような立場にある。
金髪にグレーの瞳はまさしく外国人のそれで、今日集まった日本人たちには養父でもあるフレデリックにどことなく似ていると絶賛されていた。
その上は、二十二歳が二人居た。彼らは高校からの同窓生でもあり、二人とも仲が良い。
一人は、篠宮啓悟。
若くしてイベント関係の会社を自ら立ち上げ、経営している。業績は上々で、最近では若手実業家としてマスコミにも取り上げられるほどだった。
何事にも好奇心が旺盛で、旺盛過ぎて痛い目に遭う事もしばしばあるが、まったくもってめげないメンタルモンスターである。とは言え、この中では一番皆を気遣い、ムードメーカーでもある彼は底抜けに明るい。
もう一人の名は、安芸隼人。
恐ろしいほどに整った相貌の持ち主である彼の職業は、トップモデル兼ホスト。彼の姿を見ない日はないと言われるほど、あまたの媒体に露出している。
啓悟の親友ではあるが雰囲気は正反対で、言葉も仕草も丁寧な彼は年齢よりも大人びて見えるのが常だ。日本はもちろん世界的に有名なブランドのイメージモデルをも務め、忙しい日々を送っていた。
そして今回のホスト役である男。名は、須藤甲斐という。
二十七歳の彼は、旧財閥の流れをくむ日本最大級のアパレル系企業グループのトップに立つ男である。”帝王”と呼ばれた父親の跡を継ぎ、自らもその風格を身に纏う。
態度と口調が些か年齢よりも尊大に見えるのは育ちのせいだが、その経営手腕は折り紙付きである。二十歳という若さで今の地位につき、これまでに残してきた業績は数知れない。
と、ここまでがまあ若手と呼べる部類ではあっただろうか。その他の男たちはみなアラフォーと呼ばれる世代だ。
その中でも若い部類は、三十七歳が二人。
一人は、藤堂学という名の日本人である。
雇われではあるが会社社長という肩書を持つ彼は、ごく普通の家庭に生まれ育ちながらも、実力だけで現在の地位を確立してきた叩き上げのエリートである。今回のメンバーの中で、ただ一人だけ結婚経験があり、その妻とは死別していた。
顔付きは男らしく整っていて、昔から女性にも男性にもよくモテるため、少し前までの彼が流した浮名は数知れない。
もう一人の男の名は、マイケル。
イタリア人の彼の職業は、世界屈指と名高い大型客船のキャプテンだ。当然、語学に堪能、容姿端麗、真面目で頼もしいと専ら評判の男で、船のクルーからは絶大な信頼を得ている。
こげ茶色の髪と瞳を持つ彼は、キャプテンの制服が良く似合い、常連客の中にはコアなファンもいるという。普段はあまり表情を表に出す事がない彼が時折見せる頼もしい笑顔が素敵と言われる男前である。
そして残る三人は、全員年が同じであるのだが、共通しているのはそれだけではなかった。顔は勿論、その躰付きも、四十という年齢には誰一人として見えない。
三人の中で唯一日本人である男の名は、辰巳一意。
一哉の養父であり、辰巳組の若頭という肩書を持つ彼は、日本人離れした大きな体躯の持ち主である。
性格はといえば、普段はそう荒くはないが口調が荒く、見るからに極道というような男だ。その表情は豊かで、誰かに何かを隠すという事をしない。右頬についた傷跡が些か強面な事に拍車をかけているが、当人に気にした様子は全くなかった。
残る二人はどちらもフランス人で、同じ養父を持つ義理の兄弟である。
兄の名は、フレデリック。
フランスマフィアの次期アンダーボスであり、金髪碧眼に百九十一センチの長身は、今回のメンバーの中で一番大きい。三十代前半と言っても通用するのは何も顔だけの事ではなく、その躰にも一切の無駄はない。
ガブリエルと同じように組織の事情で辰巳以外の日本人たちには素性を明かしてはおらず、表向きの肩書は、マイケルも所属する船舶会社の日本支社ディビジョンマネージャーというものだ。
弟の方はクリストファー。
こちらも同じ組織に属し、次期ボスになる事が既に決定している。女性と見紛う程の美しい顔とは裏腹に、傭兵経験もある彼の躰には無数の傷跡があるという。
赤茶色の肩まである長い髪が目を惹いた。こちらも素性を知る日本人は辰巳くらいのもので、普段はカジノディーラーとしてマイケルとともに船で働いていた。あらゆる格闘技に精通していて、すぐトラブルに首を突っ込みたがるのが悪い癖である。
さて、年齢層も幅があれば、一部を除けば職種も様々なこの十人が現在いるのは東京湾の上である。
先にも記載の通り、今回この集まりを企画したのは甲斐だった。いつもは何かと啓悟が声をかけて集まる事が多い甲斐と隼人、啓悟に藤堂、辰巳とフレデリックである。だが今回は、それにお返しをしたいという甲斐から皆の元へ招待状が届いた。
そこに、ちょうど横浜に寄港していた大型客船『 クイーン・オブ・ザ・シーズ』からクルーであるマイケルとクリストファーを招き、それに、辰巳の養子になった一哉。ちょうど留学生として辰巳の本宅に滞在しているガブリエルを交えたという訳である。
ここで少しばかりこの十人の関係を記しておくとするならば、一哉とガブリエル以外の八人は、それぞれが”恋人”という友人よりも遥かに親しい関係にある。
今回のホスト役である甲斐は、隼人と。先ほどから何かと賑やかな啓悟は、藤堂と。二人とも船で働いているマイケルとクリストファーも付き合っている。辰巳とフレデリックに関していうのなら、互いに嫁だ旦那だと呼び合い、ウェディングバンドはもちろんのこと、現在は同棲していた。
皆それなりの肩書を持ちながら、その多くがパートナーが同性である事を隠してはいないし、もちろんこの場でその関係を知らない者はいなかった。
少々話が逸れてしまったが、ともかく十代の二人を覗けば皆それぞれパートナーに対する信頼は絶大で、そして互いに愛し合っているのだ。
もちろん、それは座っている場所にも反映されている。藤堂の隣には啓悟が居たし、その隣には隼人と甲斐が並んでいる。甲斐の隣にはフレデリックが。その隣にはもちろん辰巳がいた。続いてクリストファーとマイケルが並び、ガブリエル、一哉と続いて一巡する。
何もこれは誰が指示した訳でもなく、この部屋に入った時から自然とそんな席順になった。男十人が座っても、広いスペースが確保された円卓である。まるで何かの会合のようにも見えるが、部屋を満たす雰囲気は穏やかだった。
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