◆ Happy happening Christmas ◇

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◆ Happy happening Christmas ◇

 部屋には季節柄軽快なBGMが流れ、天井にまで届きそうなクリスマスツリーが飾られている。そのツリーの下には、それぞれが持ち寄ったプレゼントが置かれていた。  そう。男ばかりで些かならずむさ苦しい感は否めないが、彼らはクリスマスを満喫するためにこの場に集まっているのである。 「世界屈指の豪華客船と謳われる船のクルーお二人には、些かならず手狭でしょうが…」 「SDIグループの会長ともなれば貸し切る事くらいは簡単でしょうが、この人数に我が家は広すぎる」  冗談めいた口調の甲斐が英語で言えば、マイケルがさらりと肩を竦めて返す。会話が英語で交わされるのは、何を隠そうフレデリックの希望からだった。理由は一哉の語学力向上の為である。  マイケルやクリストファー、フレデリックやガブリエルは当然の事ながら、藤堂も甲斐も、隼人や啓悟も英語は話せる。辰巳も、もちろんの事。だが、一哉だけはようやく拙(つたな)い英語を喋れるようになったばかりだった。  そこで、フレデリックは他のメンツを巻き込んで、実地訓練をしようというのである。  が、しかし。快く皆が引き受ける中、辰巳だけが渋い顔をした事は言うまでもなかった。もちろん理由は『面倒臭い』というその一言に尽きるのだが、今回ばかりは”子育て”の一環だと言われてしまえば反論のしようもない。  揶揄うような口調で辰巳に言ったのは、クリストファーだ。 「しかし辰巳、お前良く了承したな」 「あぁん? 仕方ねぇだろぅが。実際放り込んだ方が早ぇってのは、道理だろ」 「確かにな。それで、一哉だったか……、少しは話せるのか」  クリストファーの言葉に、一哉へと視線が一気に集中する。当然、そんな事になれば一哉が慌てるのは言うまでもない事で。 「あー……えっと…、す、少し…」 「単語じゃねぇかよ馬鹿かお前」  すかさず辰巳に突っ込まれ、一哉が項垂れる。それに助け舟を出したのは啓悟だった。 「そうは言うけどさぁ、辰巳さん。フレッドとかめちゃくちゃ話すの速いじゃん。俺だって聞き取るのやっとの時あるよ?」 「あー……まぁなぁ」 「でしょ!? もう少しゆっくり話してあげないと最初は無理だって。なあ一哉!」 「えっ、あ…出来れば…?」  これまで幾度か集まっている六人の中で、一番年下だった啓悟は、自分よりも年下の一哉を気に入ってしまったらしい。速攻でコミュニケーションアプリのIDを交換したのはもちろんの事、何だかんだと気にかけている。その姿に辰巳やフレデリック、甲斐までもが苦笑を漏らした。 「確かに、啓悟の言う事も一理あるな。うちの兄貴は特に速い」  クリストファーが肩を竦めてみせれば、マイケルが小さく頷く。 「フレッドのフランス語などは俺もたまに聞きそびれるくらいだからな」 「それは初耳だね、マイク」 「普段耳慣れない言葉は、得てして速く聞こえてしまうものだろう?」 「なるほど。なら、今日は日本語と同じくらいゆっくり喋るとしようか」  フレデリックがそう言って話がまとまれば、啓悟が一哉に親指を立ててみせる。そうはもう、ビシッと音がするかと思うほどに勢いよく。  そんな姿に隼人がクスリと笑い声をあげて、甲斐は肩を竦めた。 「啓悟ったら、弟が出来たみたいにはしゃいでいますね」 「まあ、これまでお前と啓悟が一番下で、お前が落ち着きすぎてたからな」 「ですが、ガブリエルさんは落ち着いていますよね…」  チラリとガブリエルへと視線を送る隼人につられて甲斐も目を遣れば、ガブリエルはじっとフレデリックを見つめていた。 「ガブリエルは、もう日本語は話せるのか?」  不意に甲斐が声を掛ければ、やはり視線が集中する。そんな中、ガブリエルは驚いたような顔をした後で、にこりと笑う。 『日常会話程度であれば苦労しない程度には…かな。発音はまだまだだけれど』 『おおっ! すげー』  発音に違和感はあるものの、さらりと日本語で返すガブリエルにすかさず啓悟の口から称賛の声が上がる。甲斐もまた、驚いたように眉をあげた。 「俺は一哉のように他の勉強もしている訳じゃないからね。それに最近は、俺が日本語で、一哉は英語で話してる事が多いよ」 「へえー、何か面白そう。二人とも仲いいんだな」  感心したように言う啓悟に、ガブリエルが微笑む。紹介された当初から、フレデリックにどことなく雰囲気や口調の似ているガブリエルは日本人たちの注目の的だった。啓悟などは真顔で『フレッド子供いたの?』と口走ったくらいである。 「しかしガブリエルってマジで喋り方とかフレッドに似てるよね…。本当に子供じゃないの?」 「しつこいよ啓悟。僕とガブリエルは赤の他人だって言ってるだろう?」  信用しない啓悟に呆れたようにフレデリックが言ったが、ガブリエルの方が今度は悪ノリをはじめてしまう。  啓悟に向かって悪戯っぽく微笑みながらガブリエルが言った。 「それじゃあ今夜は、俺はフレッドを父上と呼ぶことにしようかな…」 「あー、それいいな! 一哉は辰巳さんの事親父って呼ぶし、なんか面白そう」 「子供が出来て良かったじゃないかフレッド」  真実を知っているクリストファーにまで揶揄うような声を出され、フレデリックはふいとそっぽを向いてしまった。  もちろん、フレデリックとガブリエルは養子縁組をして親子ではあるが、そこに血の繋がりはない。そもそも啓悟や藤堂、甲斐と隼人にはガブリエルがフレデリックの養子である事をうち明けてはいなかった。ただの知人の息子の留学生で、辰巳の本宅にホームステイしていると、そう説明している。  辛うじて一哉だけはガブリエルがフレデリックの養子である事を知ってはいる。だが、色々と詮索される事を嫌うフレデリックに内緒にしておけと言われればそれに従うほかはない。結局気付かれてるのだから意味もないだろうにと、一哉が思った事は言うまでもないのだが。  だがしかし、あまりにも似ている雰囲気はどうしても気を引いてしまうもので。親戚とでも言っておけば良かったかとフレデリックは己の失敗に気付いた。  フレデリックの些か苦々しい顔に、苦笑を漏らして啓悟の頭を撫でたのは藤堂である。 「確かに雰囲気は似ているが、顔の造りはそう似ていないだろう」 「そうかなぁ…。外国人の顔ってみんな同じに見えない?」  失礼極まりない言い草をする啓悟に、今度はクリストファーが苦笑を漏らす。 「それを言うなら俺たちからすれば日本人の方がよほど同じに見えるぞ」  赤茶色の肩まである髪を持ち、何処のモデルかと見紛うほど個性的な外見をしているクリストファーに言われてしまっては、さすがに啓悟も反論のしようもない。 「あーそっか。しかも俺たちってみんな髪も黒いし目も黒いから、確かにそうかもね」 「見分けがつかない事もないし、雰囲気も違うとは思うが。まあでも、啓悟と一哉は兄弟って言われたらそう見えなくもないかもな」  クリストファーの言葉に、啓悟と一哉が顔を見合わせた。ニッと嬉しそうに啓悟が笑う。 「マジ!? 俺弟いんだけどさー、見た目からして大人しくていかにも優等生って感じだから、どうせだったら一哉みたいに元気な弟がいいなって思ってたんだよねー」  そう言って無邪気に笑う啓悟の隣で、心配性な藤堂が俄かに顔を曇らせている。その理由は、一哉が極道だというその一点に尽きた。  正直、藤堂はあまり辰巳をよく思ってはいない。極道という職業に良いイメージを持っていないのだ。当然、この二人はよく衝突しては年甲斐もなく言い合いを始めてしまう事もしばしばある。  だがしかし、そんな藤堂の気持ちに気付かず啓悟は一哉を気に入ったと明言して屈託なく笑う。その様子を見てニヤニヤと楽しそうに笑っているのは、もちろん辰巳だった。 「おい啓悟。一哉を可愛がんのは構わねぇがよ、保護者が青ざめてっぞ」 「へ?」 「辰巳…。またキミはそうやって学に突っかかる…」  悪気もなくきょとんとした顔の啓悟と、呆れたような声で嗜めるフレデリック。甲斐と隼人は『またか…』と呆れたように顔を見合わせる。だがしかし、やれやれとばかりに甲斐は話題をあっさりと変えた。 「ところでお前たち、言っておいたものは用意してきたんだろうな?」  甲斐の言葉に即座に反応したのは、お祭り大好きな啓悟である。 「待ってた! プレゼント交換とか甲斐さんナイスアイディア! 俺プレゼント選ぶのめちゃくちゃ楽しかったー!」  と、啓悟が屈託なく笑ったその時だった。俄かにドアの外が騒がしくなり、それぞれが隣のパートナーと視線を交わす。 「俺が見てこよう」  フレデリックが僅かに腰を上げた瞬間、甲斐がそう言って立ち上がる。即座に隼人もそれに続いた。 「皆様はこちらでお待ちください。甲斐と確認して参りますので」 「何か、良くない事だったらすぐに戻っておいで。僕と辰巳が行こう」 「ありがとうございますフレッド」  丁寧に腰を折り、隼人が甲斐の後ろに続いた。ドアを開ければやはりバタバタと足音が聞こえ、クリストファーが可笑しそうにテーブルに肘をつく。 「何だトラブルか?」 「どうやら、そうみたいだね。今夜のホストは甲斐だし、ここは任せておこう」  船自体を貸し切った訳ではなく、今夜甲斐が押さえたのは個室だった。出港時に見た感じでは、この規模の大きさの船からすればほぼ満員と思える人数が乗っている筈だ。  閉まったドアを見つめ、マイケルが落ち着いた声を出す。 「アナウンスもないところを見れば、ブリッジで何かあった可能性もあるが…。大丈夫だろうか」 「逆に、ブリッジなんぞ乗っ取ったらアナウンスするもんじゃねぇのか? 船は押さえたから大人しくしてろとかなんとかよ」 「辰巳の言う事も一理あるが、それはある程度落ち着いてからの事だろう。目的にもよると思うが、この規模の船であれば、先ずはブリッジを押さえて船ごと移動させてしまう方が手っ取り早い」 「なるほどな」  大型客船のキャプテンという職業についているだけあって至極冷静に辰巳へと応えるマイケルに、反応を示したのはフレデリックだ。フレデリックもまた、マイケルの前任として『Queen of the Seas (クイーン・オブ・ザ・シーズ)』でキャプテンを務めていた経歴がある。 「日本は平和だし、ただトラブルに慣れていないという可能性もあるだろうけどね。万が一、ブリッジでトラブルが起きていたとしたら、船はマイクに任せるよ」 「それは構わないが…」  マイケルがそう言った瞬間、バタンッと勢いよく開いたドアから男が二人、なだれ込むように部屋に入ってくる。その手に刃物が握られているのを、その場の全員が認識した。  藤堂が啓悟の躰を自らの背後に庇う。それと同時に動いたのは一哉とガブリエルだった。 『怪我をしたくなかったら大人しくしていろ!!』 『テメェがな』  ボソリと呟くように言って、一哉が左側の男の腕を掴み上げる。その横で、ガブリエルが刃物を蹴り上げていた。  あっという間に無粋な侵入者を床へと組み敷いた若者二人に藤堂と啓悟が驚く中、辰巳が当然のように床に転がったナイフを拾い上げる。  クリストファーが、小さく口笛を吹いた。 「こりゃあいい」  楽しそうに笑うクリストファーには答えることなく、一哉の視線は辰巳に向いた。 『親父、こいつらどうする?』 『フレッド』  男二人を床に伏せさせたまま一哉が言えば、辰巳がフレデリックを呼んだ。ついでのように一哉が押さえている方の男の首を圧迫して気絶させてしまう。 『この部屋に飛び込んでしまったのは運が悪かったね。どの程度の人数で乗り込んでいるのか、教えてもらってもいいかい?』  ガブリエルが取り押さえている男の顎を持ち上げ、覗き込むようにしてフレデリックが流暢な日本語で問いかける。 『誰が答えるか…』 『なら、キミたちの目的は?』 『さあな』  そう言ってだんまりを決め込んだ様子の男に、フレデリックが肩を竦めてみせる。口を開いたのは藤堂だ。 『フレッド、甲斐と隼人の様子を見に行った方が良いだろう』 『そうだね。理由は分からないけれど、これでトラブルが起きてるって事は決まった。マイクの言う通りブリッジも心配だしね』  船を襲撃してくるのだとしたら、ブリッジを押さえるのは当然考えられた。クルーを脅しているか、それとも相手が自前で船を動かせる人間を用意しているかはわからないが。どちらにせよこのままこの部屋にいたところで進展もない。  さも当たり前のように、クリストファーがフレデリックへと今後の方針を問う。 「どうするんだ兄貴?」 「クリス、キミはマイクと一緒に学と啓悟を連れてブリッジへ行ってくれるかな。念のため、一哉もね。ガブリエルにはちょっと頼みたい事が他にある。僕と辰巳は甲斐と隼人を探して合流するよ」 「いいだろう。ブリッジを押さえればいいんだな?」 「そうだね。頼んだよ」  そうと決まれば早速と、散歩に行くような気軽さでクリストファーが立ち上がる。 『学、啓悟。聞いた通りキミたちはマイクと一緒にブリッジで待っていてくれるかな。一哉は辰巳の子だし、クリスも船で有事の際の訓練は受けてる』 『フレッドも辰巳さんも大丈夫なの?』 『ばぁか。啓悟、お前俺らの事なんだと思ってんだ? 喧嘩すんのも俺らの商売だ阿呆。藤堂と先行ってろ』 『分かった…。怪我すんなよな…』  現状で自分が足手まといにしかならないという事を、啓悟はしっかりと把握していた。悔しそうに、心配そうに唇を噛み締める啓悟の頭を、辰巳の大きな手がわしわしと撫でる。 『シケたツラしてんじゃねぇよお前』 『だって…、隼人も甲斐さんも心配だし…』 『そうだな。だから、安心して俺らが動けるようにお前は藤堂の言う事聞いて大人しくしてろ』 『うん…』  こくりと頷く啓悟の頭をポンポンと叩いて、辰巳が一哉へと視線を向ける。 『おい一哉、お前はクリスの言う事聞いとけ。頼んだぞ』 『はい』  辰巳と一哉が遣り取りをする後ろで、フレデリックがガブリエルにフランス語で何事かを囁いた。ガブリエルは小さく頷き、クリストファーに頭を下げる。 『フレッド、行くぞ』 『それじゃ、ブリッジでね』  そう言って、辰巳とフレデリックは部屋を出て行った。残された六人が互いに顔を見合わせる。 『一哉、ミシェルと一緒にお前は藤堂と啓悟の後ろを頼む』 『はい』 『ねえクリスさん、ガブリエルは?』  不思議そうに言う啓悟に、ガブリエルが微笑んだ。 『俺はこの二人に少し話を聞くようにとフレッドに仰せつかったからね。すぐに後から追いかけるよ』 『そっか…、気を付けて来いよ?』 『ありがとう、啓悟さん』  ガブリエルが微笑みながらそう言えば、啓悟が照れくさそうに笑う。そんな啓悟の肩を、藤堂が軽く叩く。 『啓悟、何があってもそばを離れるなよ』 『うん。ちょっと怖いけど、こういうのも楽しまなきゃ損だよな!』  へへっ…と、笑う啓悟の頭を、クリストファーが笑いながらポンポンと叩く。 『それじゃ、楽しいアトラクションに出発するとしようじゃないか。なあ啓悟?』 『おー!』  務めて明るく振舞う啓悟にマイケルと藤堂が小さく笑い、五人は部屋を出て行った。残ったのは、ガブリエルただ一人である。
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