◆ side. Christopher ◆

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◆ side. Christopher ◆

 ドアを開けた瞬間、横合いから気配を感じてクリストファーはその身を沈ませた。背後で啓悟が驚いたように声をあげる。 『クリスさん…っ』 『問題ない』  短く言って、クリストファーは沈み込ませた躰をバネのように使い肩で相手を吹き飛ばす。すぐさま反対から伸びてきた腕は、一哉によって蹴り上げられていた。その隙にクリストファーが背後に回り、男の首を締め落とす。ようやく吹き飛ばされた男が立ち上がりかけたところに膝から突っ込めば、ゴキリと鈍い音がして相手は動かなくなった。  一瞬にして二人の男を倒してしまったクリストファーに、啓悟が藤堂の袖を引いた。 『クリスさん…強いね…』 『ああ』  ぽそりと呟く。藤堂までもが唖然としていれば、マイケルが小さく頭を振った。 「クリス、出来ればもう少し静かに対処して欲しいんだが」 「はん? 他に気付かれたらそいつも倒せば問題ないだろ」 「そういう問題じゃない。藤堂と啓悟に何かあったらどうするんだ」  まったくもって正論である。敵の目を引かないに越したことはないと、そういうマイケルに反論出来ようはずもなく、クリストファーは小さく肩を竦めてみせた。 「仰せの通りに。キャプテン?」 「まったく調子のいい…」  呆れたように言いながらも、クリストファーを見るマイケルの顔には揺るぎのない信頼が浮かんでいる。まだ俄かに騒がしい船内の通路を、クリストファーは船首に向かって歩き出した。  途中、幾人か通路に転がっているスーツ姿の男たちを見れば、どうやら辰巳とフレデリックがそこを通ったらしいことが分かる。藤堂に腰を抱かれて歩く啓悟が、男たちを目にするたびに『うわー』だの『ひえー』だの声をあげていた。 「こりゃあいったい何人いるんだ。個人個人は大したこっちゃないが、固まってこられたら面倒だぞ」  通路を塞ぐように寝ている男を足で転がしながらクリストファーが言えば、一哉が律義にも英語で応えた。 「親父とフレッドが露払いはしてくれてる筈です。ただ、どれだけの人数を送り込んできてるのか…」 「いい子だ一哉。どっちが多く倒せるか、勝負しよう」  ニッと口角を上げるクリストファーに困惑を浮かべる一哉の背後から、楽しそうな声が聞こえてくる。 「それは是非、俺も参加させて欲しいなぁ」 『ガブリエル!』 『ただいま、啓悟さん』  にこりと微笑んでガブリエルは言うと、クリストファーへと視線を滑らせた。今度はフランス語で幾分か丁寧に話す。 「遅くなりました。フレッドにはメールを送ってあります」 「分かった。ブリッジに何人いるかは知らんが、クルーに怪我はさせるなよ」 「承知してます」  フランス語で交わされるガブリエルとクリストファーの会話は、啓悟と藤堂、それに一哉には理解が出来ない。唯一マイケルだけはその遣り取りを理解していたが、口を挟むものでない事は本人が一番よく分かっていた。  ガブリエルが合流して再び六人になった一行は、時折襲ってくるスーツの男たちを軽くいなしながら目的地へと辿り着いた。 『さて、藤堂と啓悟はミシェルのそばを離れるなよ。そこが一番安全だろうからな』 『分かった。足手まといですまないが』  小さく頭を下げる藤堂を驚いたように見遣り、クリストファーは口許に意地の悪そうな笑みを浮かべてみせる。 『いや? 辰巳のようにのこのこと人質にならないだけ、お前たちは優秀だ』 『えっ。辰巳さん人質にされた事あんの?』 『フランスで一度、な。あいつの顔の傷は、知ってるだろう?』  おどけたようにクリストファーが言えば、啓悟が可笑しそうにニシシと笑う。 『まさかあの傷にそんな理由があったとは。あとで揶揄ってやろーっと』  自分たちの乗っている船を襲われて危機感を感じていない訳ではなかったが、クリストファーは人の心を解す術を知っていたし、啓悟のように空気を明るくする人間もいる。  一哉とガブリエルは僅かな緊張をその顔に浮かべてはいたが、クリストファーにとってこの二人は気に掛ける必要はなかった。どちらもフレデリックによって仕込まれている事は分かっている。年若い二人がどんな動きをするのか、むしろクリストファーの関心はそこにあった。  フレデリックが平和だといった通り、見たところ武装しているといっても相手は刃物以外の武器を持ってはいない。もちろんクリストファーやフレデリック、辰巳も丸腰ではあるのだが。  クリストファーは、ほんの僅かな時間マイケルへと目配せをすると、一哉にブリッジのドアを開けるように指示した。
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