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「ええい、控えい! 控えおろう!」
受け取った格之進はその袱紗をはがし、右手に持って真っ直ぐ前へ差し出すと、威風堂々と胸を張って朗々といつもの口上を述べる……
つもりだったのであるが。
「この紋所が目に入らぬかあ! この、苦い薬を飲んだ後の口直しには最高の……って、これは印籠じゃなくて〝ういろう〟ではないかあっ!」
手にした長方形の黒い塊に、格之進は一人ボケツッコミを入れて顔を真っ赤にする。
てっきり印籠と思っていたそれは、黒い〝外郎薬(透頂香)〟に似ているからそう呼ばれるとも、はたまた足利義満に外郎薬の口直しとして添えられたからとも伝えられる、あの黒糖味の米粉の蒸し菓子〝ういろう〟であった。
「おい、六! これはいったいどういうことだ!?」
「あ、いけねえ! そういや、あの茶店でおやつにと思ってういろう買った時、入れ物なかったんで袱紗で包んだんだった。ってことは、印籠はどこに……ああっ! そうか。袱紗から出して机に置いたまま来ちまったんだ。ああ、またやっちまったあ……」
ものスゴイ形相でこちらを睨みつける格之進に、慌ててあちこち体をまさぐった六兵衛は、不意にそのことを思い出して顔面蒼白となる。
「…っっとに、ほんと、おまえにはもうがっかりだぁ! チッ…こうなれば腕づくでなんとかするしかないな……こいつらは俺が引き留めておく。その間におまえは蔵の鍵を開けて証拠の火薬を持ち出せ。手に入れたら急いでズラかるぞ!」
「へ、へい!」
相変わらずの六兵衛の失態に怒りの声を上げる格之進であったが、いつまでも怒っていたところでもなんら解決にはならないので、やむなく作戦を変更すると六兵衛に檄を飛ばす。
「最早、こそこそ鍵を開けるのも面倒だ! おらよ、さっさと捜して来い!」
そして、見つかってしまった上は大きな音を立ててもかまわぬと、格之進は握った拳で南京錠を叩き、驚くべきことにも素手で金具から外してしまう。
「さすが、格さん! んじゃ、あとよろしく願いしやす」
おかげで六兵衛は易々と扉を開け、あとを格之進に託して土蔵の中へ潜り込んでゆく。
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