水戸黄門外伝―がっかり六兵衛奮戦記―

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「うわあぁっ…!」  暗がりの中、不用意に走ったために六兵衛は躓き、思いっ切り蔵の中ですっ転んだのである。  しかも、その拍子に持っていた龕灯も手の内から吹っ飛び、傾けても倒れないはずの蝋燭も壁にぶつかって外へと放り出される。 「痛てててて……ハッ! こいつぁまたやっちまった……」  いや、そればかりではない。その通り名が現す如く、六兵衛の〝がっかり〟はそのくらいでは終わらないのだ。  何やらパチパチと乾いた音がし始めたかと思うと、橙色の明るい炎が床から燃え上がり、みるみるその範囲を広げてゆく……あろうことか、蝋燭の転がったその場所には藁束が積まれており、容易にそれへと火が移ると一気に燃え広がったのである。 「……ん? あぁっ! こいつはもしかして、ひょっとするってえと……」  皮肉にも、その炎で照らし出され、それまで真っ暗闇だった蔵の中はすっかり見渡せるようになる。すると、炎の上がる藁束のとなりには、何かの詰まった頭陀袋が山のように積まれている。  その袋に入っている〝何か〟の正体について、悪い予感が六兵衛の脳裏を過った。 「……こ、こ、こ、こいつぁてえへんだあぁ~っ!」  僅かな逡巡の後、真っ青い顔になった六兵衛は一目散に蔵から転がり出す。 「てやぁーっ! ……うごっ…」 「こ、この野郎! ……ぐあっ…」 「か、か、か、格さん、て、て、てえへんだあ~!」 「うおっ! な、何する六っ! 邪魔だ! 離れろ!」  外ではいまだ格之進が独り延々と奮闘していたが、六兵衛はその脚にすがりつくように飛びつくと、振り解こうとする彼にしどろもどろになって訴える。 「く、く、く、蔵の中に火が……火が藁に燃え移っちまって……」 「ああん? 火? ……クンクン……いや、これは!?」  はじめ、何を言っているのかさっぱりわからず、訝しげに眉を寄せる格之進であったが、不意に何やら焦げ臭い夜気が彼の鼻腔をかすめる。 「なんだ? 何やら焦げ臭いが……」 「さあ? 燈明の臭いにしてはやけに臭いですな」  その臭いには阿久田や上野屋達も気がつくが、蔵に火が回っているとまではさすがに考えが及ばない様子だ。 「おい、ちょっと待て……あの蔵の中には火薬が……」  対して格之進の方は、それが大変ヤバイ状況であることにすぐさま思い至り、いつになくその顔からさあっと血の気を失せさせる。
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