水戸黄門外伝―がっかり六兵衛奮戦記―

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「――まったく! 六っ、ほんとおまえにはがっかりだよ!」 「そいつはひでえや、格さぁん」  足早に目抜き通りを進む格之進は、時折、後を振り返り、泣きそうな顔でついてくる六兵衛に容赦なく文句を浴びせかける。  その日、渥美格之進と〝がっかり〟六兵衛の二人は、天下に聞こえた草津温泉の賑わいには目もくれず、着いて早々、先を行く水戸光圀一行の後を急ぎ追っていた。 「なにがひどいものか! こんなことになったのも食い意地を張ったおまえのせいだろう! にしても、おもえもおまえなら、ご隠居もご隠居だ。少しぐらい待つ我慢ってものはないのか? これだから年寄りは……」  苦々しげな面持ちで行き先を見つめる格之進は、さらに光圀に対しても憚ることなく悪態を吐く。  そうして彼が苛立ちを覚え、焦っているのも無理はない……二人は今、光圀達とはぐれてしまっているのだ。  ぢつは、うっかりにも前の宿(しゅく)に大切な例の印籠を忘れてきてしまい、格之進と六兵衛の二人だけでそれを取りに戻ったのであるが、無事、印籠を回収できたのはいいものの、その帰り道、途中の茶店でだんごを食いすぎた六兵衛が腹痛を起こし、丸一日、予想外にもその場に足を留めなければならなくなってしまったのだった。  いや、それだけならばまだいい。 他方、光圀の方では付近の山中にあるという秘湯へ足を延ばすことを思い立ち、思い立つと我慢のできないあの頑固者の年寄りは、二人の到着を待たずにさっさと泊まっていた旅籠(はたご)を出立してしまったのである。  そういうわけで今、宿屋でそのことを聞いた二人は慌てて光圀達の後を追いかけているという次第だ。 「……ん? どっちが秘湯へ行く道だ?」  ところが、温泉街を抜けて人気のない山道を少し行ったところで、道は二手に分かれていてどちらへ向かえばよいのか皆目見当がつかない。 「クソっ! こんなことなら、もっとしっかり宿屋で道を聞いとくべきだった。俺としたことがなんたる不覚!」  焦りが招いた自らの過ちに、分かれ道の真ん中に立つ格之進はギリギリと悔しげに奥歯を噛みしめる。 「なあに格さん。心配いらないよ。こういう時は神頼みって相場が決まってる。ちょっくらこいつで占ってみようじゃないか」  だが、一足遅れて後から来た六兵衛は、自分の仕出かした失態もすっかり忘れ、悪びれもせずに暢気なことを口走ってくれる。
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