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「――あ、痛っ!」
「し~ぃぃぃっ! 静かにしろ!」
近隣の家から拝借した梯子をかけ、高い代官所の壁を越えたまではよかったが、着地に失敗して尻餅を搗く六兵衛に格之進は人差し指を立てて注意する。
その夜、計画通り格之進と六兵衛の二人は人知れず代官所に忍び込んでいた。
今宵は月も雲間に隠れ、盗人稼業をするにはもってこいの日和…否、夜和である。
「あれが火薬を隠してあるという蔵だな。ここからは足音一つ立てるんじゃないぞ?」
敷地内に入ると、一際大きな蔵の場所はすぐに知れた。その大きな黒山のような影に向かい、二人は足音を忍ばせながら、真っ暗い建物と建物の間を進んで行く……。
「さすがに油断して門番もおらんようだな……」
蔵の近くまで辿り着くと、無論、入口の扉に鍵はかかっているものの、見張りの者は誰もおらず、辺りはしんと静まり返っている。
「さあ、六。ようやくおまえの出番だ。だが、静かにやれよ?」
「わかってますよ。任せといてくだせえ……」
周囲に人気のないのを確認した二人は素早く蔵の入口へと近づき、その扉にかかる南京錠を六兵衛はなにやらカチャカチャと弄り始める。
ぢつはこの六兵衛、もとは盗人に弟子入りなんぞしていたその道の玄人であり、見かけによらず鍵を開けるような芸当もできたりなどするのだ。
「へへへ、江戸の大商人が特注でこさえた錠前ならいざ知らず、こんな田舎のどこにでもあるような南京錠、おいらの手にかかればチョチョイのチョイでさあ……」
針金を鍵穴に挿して穿り返しながら、そう得意げに嘯く六兵衛であったが……。
「…はひっ……久々に集中してたら、なんか鼻がムズムズしてきた……ハァっ……ハァっ……ハァっ…」
まさかのこの拍子で、鼻の穴に虫でも入ったかのような表情を浮かべた六兵衛は、口で大きく息を吸いながらくしゃみをしそうになる。
「…ハァっ……ハァっ……ハァっクっ…」
「ば、バカ、よせ! 我慢しろ!」
それを見た格之進は慌てて小声で制すると、六兵衛の口に手を当てて腕づくにでもくしゃみを阻止しようとするが…。
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