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始まりは・・・
鏑木 進 56歳 グローバルTKに勤続38年。
仕事のほかにさほどの楽しみもなく、家族を作ることもなく、ただ、会社のために惜しみなくその身を捧げて来た。
鏑木の発明により会社は多大な売り上げを上げたが、そんなものは長くは続かない。
どんなものでも、もって3年。
どんどんと新しいものが生まれ数年、イヤ、数ヶ月で人の記憶から消えてゆく。
それでも若き日の鏑木は会社のために身を粉にしてガンガンヒット商品を生み出した。
同僚の殆どは転職や独立をし、同世代でここに残っているものも僅か。
しかも、高卒入社の鏑木は華やかな実績があろうとも、幹部の候補にすら上がることもなく、現場の片隅で黙々と努力を積み重ねてきた。
だが……50を迎えた頃からさっぱりとアイデアは途絶え、ただ苦しみと戦うだけの日々を過ごしている。ましてや、鏑木の実績を知らずに入社した若者が幹部を占める今、ただただ、定年までの数年を影法師のように会社の隅で身を潜めて時を送る・・・
そんな鏑木の一日は長い。
鏑木のいる旧社屋3階は、その大部分が物置。華やかかりし頃の鏑木の功績を知る、数名の後輩幹部たちが、用意した場所である。最大の敬意を払ってもこの程度しかできないことに罪責を感じるも、律義な鏑木はここまでしてもらったのなら何かを残さなければと、枯渇した能力の最後の一滴を、今日も絞り出すべく努力していた。
「あ・・・ダメだ・・・煙草すおう・・・」
非常階段の踊り場にでて煙草を吸う。見上げるとそこは本社社屋。
自分の居る旧社屋は3階建てなのに比べ、向かいの本社は15階。
その差は時代に置き去りにされた鏑木と現代を表しているかのようにも見えた。
ましてや、本社の影になり一日中陽の光は届かない。
鏑木のたった一つ残された、居場所までもが、お前の時代は終わったのだと言わんばかりに責め立てた。
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