ノモフォビア

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工藤 晃(33) 会社員 杉田絢香(28) 駆動の彼女、OL  目覚めるとそこは屋外階段の踊り場だった。そして手には双眼鏡。 ぼんやりする頭で工藤晃は漸く状況を理解した。最近恋人の杉田絢香がデート中でもスマホばかり弄っている。新しい男ができたんじゃないかとこうして彼女の部屋が見えるこの場所から見張っていたのだ。しかし全く男の影はない。  工藤は携帯電話を始終弄る奴が大嫌いである。  特に「ながらスマホ」には殺意さえ感じる。昨日も駅で、スマホを弄っていた女子高生がぶつかって来て危うくホームから転落しそうになったばかり。 そんな日に限って絢香から、「今夜のコンサート行けない」と言うメールを送り付けられたから遂に怒りが爆発してしまった。二ヶ月も前から決まっていたことを、たった一行のメールで! 工藤はそれで昨日、直接電話して怒鳴った。すると彼女は「仕事中に非常識ね、メールかラインにして」とだけ言ってガチャ切りしたのである。  ノモフォビアと言う言葉が工藤の脳裏を掠める。  ノモフォビアとは携帯依存症”のこと。  起きてから寝るまで携帯を手放せない病気である。工藤の部下の新入社員達も同じである。客との交渉はメールで交わし、失敗してもメールで謝罪する。それを叱ったら「会社辞めます」とメールで辞表を送ってくる始末。呆れた工藤が上司に報告すると、逆にメールで叱られた。直接言うから角が立つ、メールでいいんだよと。  工藤は頭痛がして会社を飛び出した。すると路上では不良達がガンを飛ばし合いながらラインで喧嘩し、交番では警官がラインで道順を教えている。声のない世界に怯え、その場から逃げようとした工藤は少年とぶつかり、彼のスマホを壊した。途端に少年は凶暴になり、工藤にナイフを振り翳した。  気付くと工藤は病院にいた。何故か無性にスマホが欲しくなり、思わず上着からスマホを取り出すとメールを打ち始めた。それを見た医師はにっこり笑った。 「おめでとうございます。これでもう工藤さんもイライラする事はないでしょう」    一ヶ月後、スマホを弄る満員電車の乗客達の中に工藤と絢香の姿があった。すると突然絢香が苦しみ出す。原因はスマホの充電切れである。工藤がすぐに彼女のスマホに充電してやると、絢香は落ち着きを取り戻し、メールを打ち始めた。工藤の携帯に「ありがとう」のメールが届く。工藤も笑顔で返信した――「結婚しようか」と。
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