第一章 うつけの戯《たわむ》れ

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「殺してはならぬ!!捉えよ!!」 未だ随分と後方の政秀が叫ぶ。 が、次の瞬間、猿面の男が大きく後ろに跳び退(すさ)る。 刹那、4人の供はその場に崩れ落ちる。 踏み込んだ足軽男の太刀から血飛沫が跳ぶ。 「なっ!?」 まるで若の様な剣戟(けんげき)。とても常人のものではない。 この足軽然とした男も【憑き人】か? 猿面の男は体勢を立て直すと同時に再び跳びかかる。 「待てっ!!」 (かな)うはずはないと思って咄嗟(とっさ)にとめようとしたものの、猿面は足軽男と剣戟を交わし渡り合っている。 人間同士の剣闘とは思えぬ激しい打ち合い。 『この者もか!?』 政秀は小柄な猿面の男の名を知らなかった。若が最近気に入ったようで近くに置くようになった男だ。 見た目そのままに「猿」「猿」と若が呼びつけるものだから「猿」という通り名で認識していた。 しかしいったいどうしたことだ。 若からぞんざいに扱われて下卑(げび)た照れ笑いで応じていた小男が、目で追うのもやっとの攻防を繰り広げている。 『信長の側近に【憑き人】がいるという情報はなかった』 それも薬師如来十二神将の一柱(ひとはしら)に数えられる伐折羅(ばさら)を宿す自分と渡り合う程とは。 次々と繰り出される猿面の剣戟。人間の剣術とは違う変幻自在の動きに翻弄される。 速さは猿面が上回るか。 足軽男は防戦に追われる。間を取ろうとすると石礫(いしつぶて)が飛び来る。 剣と投石を組み合わせる者などそうはいない。 しかもこの威力。常人ならば石礫を喰らっただけで致命傷だ。 それでも剣戟後の一瞬の隙を見逃さずに一撃を叩き込む。 受けようとした猿面は太刀を砕かれ、重い衝撃に大きく吹き飛ぶ。 『跳ばれた!』 追撃を見舞おうと踏み込むも、猿面の男は身を(ひるがえ)して小屋の脇の木に登り逃れる。
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