クロス・パール

5/12
前へ
/12ページ
次へ
 どうにか9ヶ月目になったある日、4日の昏睡状態から意識を取り戻し、やけにはっきりとしたお顔をガブリエル様はしていた。 「今日はなんだがお顔の色がよろしいですね」 「…ああ…。頭がすっきりしてるんだ」 「そうですか。それはよろしゅうございます」 「…アラン、お願いがあるんだ」 「はい、何でしょう?」 「お前のショコラが飲みたい…。お前が入れたあの滑らかなショコラが、一番おいしい…」 「ありがとうございます、ガブリエル様。貴方のお口に合うようにと日々、勉強した甲斐がありました」 まるで、元気な時のようなやり取りに、私は内心とても安心していた。 サイドボードの上に、ガブリエル様のご子息が摘んできた花を瓶に差しながら、私は何気なく聞いた。 「他にも何かございますか?」 「ああ。アラン…こちらへ来てくれ…」 ガブリエル様のお顔の近くへ移動する。そして、管の刺さったままの痩せこけた手で私の左手を掴んだ。 弱々しいその手に、自然と私も手を重ねる。 「…セレスティーヌとラファエルを頼む」 奥方とご子息の名前だ。 真剣な声音だった。何か冗談を言うこともできず、ただ私も真摯な眼差しでガブリエル様を見つめた。 「……もちろんです…。けれど、まだまだ分からないですよ?こんなに元気じゃありませんか。案外、このまま良くなられるんではありませんか?」 「………、もう一つ、あるんだ…」 私の言葉には答えず、ただ穏やかな笑みを浮かべて、ガブリエル様は言葉を続けられた。 「何ですか?」 優しく、まるで壊れ物でも触るかのように、ガブリエル様の手を撫でながら、私は続きの言葉を促した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加