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「私が死んだら…僕をお前のものにしてくれ」
撫でていた手が止まる。
予想もしなかった言葉に、私は言葉を失った。
「14の時、お前に言えなかった言葉だ。どうせもう、お前は僕から離れないだろう?それに、離れるのは僕の方だ…」
「…なに、を…仰ってるんですか…。だから、まだ…分からない、と…」
「分かるよ、アラン。僕はもう長くない。もうすぐ僕は神のお膝元へ行く」
あの日――、私の手を強く握った手が、今、目の前にあった。私はひどく動揺し、まるで怯えた子鹿のように震えてしまった。
「僕は沢山な人から色々な物を与えてもらった。産れた時から地位もお金もあって、優しく賢い両親から愛されて育った。父が亡くなってから王になり、聡明な妻を娶り、妻に似た可愛らしい息子ができた。村中からも愛されて、全て手に入れた。ただ、一つを除いて」
皺を深く刻んだ私の手よりも、さらに貧弱で年老いたような手が、愛おしそうに私の手をぎゅっと握りしめた。
「お前だよ、アラン。お前だけが手に入らなかった」
「っ、ガ、ブリエル様…っ」
「…アラン…そんなに怯えないでくれ…。分かってる…分かってるんだ。私はこの村の王で、執事のお前と結ばれてはいけない。だから、誰かの王でも、父でも、夫でもない…愛する人を置いて死んでしまった、ただの哀れな男になった僕を、どうかお前の物にして欲しい…」
病に倒れてからすっかり容貌が変わってしまったガブリエル様の瞳の中には、幼い時と変わらない――いや、その時よりも深く、赤く、黒く、激しい炎が燃えていた。
言葉もなく交わし飼い続けた熱が、お互いの瞳の中で育ち、それは私の考える得る範囲をいつの間にか有意に超えていたのだ。かつて、ダイヤのような涙を零した私の主人は、私が彼を想うよりもずっと深く重い熱を持っていた。
「アラン…お前に『愛している』と言えないことだけが、僕の心残りだ」
彼はただ落ち着いた面持ちで、呟いた。
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