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おれの左膝を枕にしてミウが寝息をたてている。とても安らかな寝顔だ。眠っている子猫を起こさないように、マントの袖を切った人がいるという。遠い昔の小さな島国の詩人らしい。詩人といえば、イリヤの姿をしばらく見ない。奈落市場の特売で会ったのが最後だ。頬がげっそりこけ、目は真っ赤だった。「書いても書いてもことばがどんどんあふれてきて止まらない。書き留めないかぎりことばは頭から消えずに脳が破裂しそうになるので、ロクに寝る時間もないし飯も満足に食えない」。そう早口で言い残し、包装チータや簡易ジゲットという粗悪な食料ばかり買いこんで店を出て行った。  寝息が途絶え、ミウが身動きした。起きるかとおもったが、寝返りをうっただけだ。上げかけた腰をまた下ろす。好きなだけ眠らせてあげたいのだ。ミウが頭を乗せているのがマントなら切ってしまいたいところだ。実をいうと、おれの左脚だって切ろうと思えば切れる。切ったところで痛くもないし血も出ないだろう。木製の義足なのだ。何時間枕がわりにされたところで苦にはならない。本を読み終えてしまったので、かわりを取りに行きたいだけだ。読んでいたのは詩人イリヤの詩集だ。月に二冊のペースで出版する詩集をもれなく届けてくれるので、壁際には詩集の山ができている。いくら読んでも彼が書くスピードの方がずっと速いのだ。  キッチンでがさがさ音がする。奈落市場のビニール袋がテーブルの下にすべりこむのが見えた。フクロネズミだ。手の平サイズの白いネズミらしいが、その姿をおれはまだ見たことがない。名前のとおり、常に不透明なビニール袋にくるまって生活しているのだ。雑食性でなんでも食べる。仕事先の工場からの帰りにゴミ置き場の前を通ると、無数のビニール袋が動き回っているのをよく目にしたものだが、最近めっきり見なくなった。絶滅を心配していたので、少しほっとする。ビニール袋がちょろちょろ動き回るようすはどこかユーモラスで心が癒されるのだ。数が極端に減ったのは、先月の流星群の影響かもしれない。ミウに出会ったあの夜の流星群はひときわ美しかったらしい。
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