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紺子からの電話は、二の鳥居を過ぎてすぐにかかってきた。黒い学ランの、尻ポケットに入れていた携帯が意味ありげに震えた。冷静を絵に描いたような妹は、人の生死にすら感情を揺らすことなく、淡々と事実を告げた。
群青は妹の「早く」という催促を、しかし聞き入れなかった。電話を切った足で、鎌倉市中の寺社仏閣を網羅するが如くさまよったのである。千年より前からそこにある神々を素通りし、鎌倉のハイキングコースや江ノ電にすら出没するに至った。早朝から夕方にかけて放浪した群青の、そのあたりに関する記憶はない。気付いたら、鎌倉の西に位置する材木座海岸で、流木に腰かけていた。群青の黒髪が海風に弄ばれ、視界を邪魔される。学ランが砂にまみれるたびに軽くはらった。
群青は先月、鎌倉第二高校を卒業し、高校生という肩書を失ったばかりだ。彼が学ランを着ていることは、モラトリアムを終えた今となっては間違いと云えようが、咎める者はいない。同級生たちは就職や進学を選ぶなか、群青だけは進路希望のないままで卒業を迎えた。
親友である漆黒もまた、片道二時間もかかる東京の大学へと進学するはずであった。本当に漆黒は死んだのか。ためしに電話を掛けてみたが、数コール後に留守電の自動音声が流れたので、すぐに切った。
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