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「こら、葉月ちゃん。また現実逃避して」
不意に頭を小突かれ、葉月は今気がついたかのように、目の前に座っている従兄を見上げた。
「……ご……ごめんなさい。優也(ゆうや)さん」
笑ってごまかそうとしてみるが、やはり通用する訳では無い。
葉月は表情を戻して、素直に頭を下げた。
橋本葉月(はしもと はづき)、十七歳。
少し記憶力に問題がある以外は、多分、普通の公立高校二年生。
目の前で不機嫌そうに頬杖をついてこちらを見ている彼は、従兄の河島優也(かわしま ゆうや)、大学三年生である。
葉月は持っていたシャープペンを握り直し、制服のスカートを直して正座をすると、再びローテーブルの上の問題集とにらみ合う。
時刻は夕方六時。
優也のアパートは西向きにも窓があるせいで、入り込んでいる夕日がまぶしい。
目を細めていると、優也が立ち上がり、遮光カーテンを引いてくれた。
すると、一気に部屋が暗くなる。だが、それも一瞬の事で、優也はすぐに部屋の電気をつけた。
「ごめんね、ウチ、今の時間帯ってまぶしいから」
「あ、ううん。ありがと」
葉月は優也を見上げ、申し訳なさそうに首を横に振ると、再び視線をテーブルに戻す。
この従兄には、高校一年のはじめから家庭教師で世話になっているのだ。
せめて、その時間は無駄にしないようにしなければ。
優也は、一見するとモデルか芸能人かと騒がれるほどなのだが、その実、地元国立大学にトップで入学した秀才なのである。
茶色のウェーブがかった髪を後ろで軽く一つに結わえた、百八十三センチの細身の長身。
その一重の切れ長の目は、にらまれれば、いくら身内でも背筋から嫌な汗が流れる程だ。
私服はシンプルなものが多いのだが、本人曰く、こだわるところはこだわっているそうだ。今日も、黒のシャツにブラックジーンズという姿だが、そのこだわりは今も葉月には分からない。
周囲からは、常に妬みと羨望のまなざしを受け続けているが、本人はどこ吹く風、とばかりに平然としている。
そんな彼が、何故に葉月の家庭教師を引き受けたのか。母親に頼まれたとは言っていたが、どうにも納得いかなかった。
――……こんな、平凡なあたしと、優也さんと、血のつながりがあるって事だけでも不思議なのになぁ……。
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