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反射的につむった目をそっと開ければ、そこにはジャケットらしきもの。
そして、ぶつかった感触は明らかに男性のもので――……。
視線を上に移動させると、葉月は硬直した。
全身を、何かが一瞬で巡っていく。
――……あれ……?
……このひと……。
…………どこかで……。
頭の隅をかすめていった記憶は、しかし、葉月本人には自覚されないままに消えていく。
そんな葉月を見た相手は、何か言おうとしていた風ではあったが、後ろからやってきた彼の友人たちによって遮られた。
「信(しん)!こんなトコで突っ立ってるなよ!」
「ほら!荷物持って!」
信、と呼ばれた彼は、少しバツが悪そうに葉月に笑いかけて、友人の要望どおり進路をあけて荷物を持った。
葉月は、慌てて脇によけ、そんな彼の様子をうかがった。
だが、頭の中は少々パニック状態だ。
さっきのあれは……一体、何だったんだろう……。
彼の後ろ姿を見ながら、葉月は考え込む。
身長はそんなに高くはない。優也よりも十センチくらいは低いだろう。
中肉中背、紺色の薄手のジャッケトに薄い青のジーンズ、けれど今も学生服を着せても似合いそうな、幼さの残る顔。
そう思うのは、多分、目が割と大きめだからかもしれない。 何にせよ優也の友達という事は、二十歳は超えているはずだ。
確かに、どこかで会った事があるとは思う。
だが、思い出せない。
葉月の記憶力はどこかに問題があるのか、時折、このような状態が起きる。
過去、会った記憶はあるのに、詳しい事が思い出せない。
何か頭の中に、もやがかかったような、そんな状態。
それは人物に限った事ではなく、何があったのかもだ。
小学校の時に行ったはずの遠足が思い出せない。
どこへ行ったか、何に乗って行ったか。
「葉月ちゃん!」
「え」
声のする方を見ると、葉月のいる玄関の方へ、優也が慌ててやって来た。
そして、葉月の顔を心配気にのぞきこむ。
「大丈夫?」
「え、あ、うん」
「――……本当に?気分悪くない?」
「大丈夫だよ。ありがと」
葉月が困ったように笑い返すと、優也はようやく安心したようだ。
「ごめんね、驚かせて。騒がしいヤツばかりなんだよ」
その言葉が聞こえたのか、部屋に上がり込んだメンバーから文句が上がる。
「何だよー!こんなに大人しくしてるのによー!」
「どこがだ!」
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