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おせちの材料の残りを、母ちゃんが根こそぎ鍋に放り込む。
大晦日恒例、我が柴谷家の年越し蕎麦の具だ。
「母ちゃん、これ……」
「見りゃ判るでしょ、高級な数の子様の切れっ端!」
……煮えてるし。
冬休みに入り、我が高のマドンナ、音楽の杉先生に会えない日が続く。
しかし正統派妄想男子たる者、ここが妄想の見せどころ!!
変テコ蕎麦でも、先生の手作りと思い込めば……。
『ごめんね柴谷君、私お料理下手で』
悲しげにうつむく杉先生。
『先生が作るんなら、何でも美味いよ』
『優しいのね柴谷君♥
そうだ、せめて食べさせてあげる!』
煮えた数の子が、白く細い指を絡めた箸で挟まれ、先生の柔らかい唇に……。
『熱いからちょっと待ってね、ふー、ふー、……』
そして俺の口元へ……。
『はい、あーんして♥』
あーーん♪♪♪
ガキンッ!!
食べ終えた丼鉢を俺の頭に打ち付けたのは、冷たい眼差しの兄貴。
去年まで俺と同じく妄想族だったクセに、リア充の仲間入りした途端にこの仕打ち!?
「ほらとっとと食べて!! 紅白歌合戦が始まるじゃないの!!」
「……へーい」
我が家ではもはや、妄想も許されないのか!?
ヨダレを拭い蕎麦を掻き込んだところで、悪友門田兄妹がやって来た。
「ちーっす」
「おじさんおばさん、今年もお世話になりました!
潤くん、撞きに行くよ除夜の鐘!」
こんな時は、門田の妹ふく子の独壇場だ。如才ない挨拶と行動力で、俺と門田を連れ回す。
普段はウザいが今は渡りに舟!
俺は妄想の時空を確保すべく、いそいそと家を出た。
鐘撞きの順番を待つ間、冷え込む寺の境内では汁粉がふるまわれる。
お椀から上る湯気は、あたかも杉先生の温かな吐息……。
『先生寒いだろ、もっとこっち寄りなよ』
『ありがとう柴谷君♥
あ、お汁粉のお団子、柴谷君にあ・げ・る♪
ふー、ふー、……はい、あーんして♥』
ああ『あーんして♥』よ、再び♪♪♪
ご~~~ん。
除夜の鐘が、妄想を遮るかのごとく厳かに響き渡る。
ご~~~ん。
汁粉をふーふーしていたふく子が、
お互いにあーんしている俺と門田を一瞥した。
「イミないよね、お兄ちゃん達に除夜の鐘なんて。
その爆烈煩悩、鐘108つぽっちで祓えるワケないし!」
当然だ。
『あーんして♥』の前には鐘のたかが108つなど塵同然!!
……ああ煩悩万歳!!
来年もよろしく煩悩!!
ご~~~ん。
Fin.
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