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◇ Tatsumi & Frederic ◇
「あー…ったく今日は散々だったな」
部屋に入るなりソファにどかりと腰掛け、煙草を咥えながら言う辰巳にフレデリックは火を差し出した。
「僕はてっきり、運動出来てキミは喜んでると思ってたんだけどな?」
「はぁん? まぁ確かに、たまには暴れんのも悪くはねぇよ」
暴れる。と、本人もしっかり自覚しているあたりは辰巳らしいが…と、クスリと笑ったフレデリックの目が、ふと首筋に吸い寄せられた。辰巳の艶やかな黒髪の隙間。フレデリックは襟足を長い指ですぃ…と掻き分ける。
「あんだよ?」
「どうしてこんなところに擦り傷があるのかな…?」
「ああ? 知らねぇな」
事実辰巳にも心当たりがない。が、どうやら乱闘中につけられたその小さな傷でさえも、フレデリックが許す筈などないのである。
「僕以外に傷物にされて、許されると思ってる?」
「あんだけ居りゃあちっとくらい擦りもすんだろ」
ふぅー…と、紫煙を吐き出しながら反省の色もない辰巳の擦り傷を、フレデリックの舌がぺろりと舐める。僅かに顔を顰め、それでも何も言わずに好きなようにさせていた辰巳はだが、あまりにもしつこいそれに躰を倒した。
「くすぐってぇんだよ阿呆」
「消毒してあげてるんじゃないか」
「たかが擦り傷にそんなもん要るかタコ」
呆れたように言う辰巳に拗ねたような顔をしてフレデリックが圧し掛かる。甘いものが好きな上に、甘いものを食べると何故か辰巳まで欲しくなるフレデリックの習性は、未だ健在だった。
大きな躰で甘えてくる恋人に苦笑を漏らし、辰巳は器用に煙草を吸った。
「お前なぁ…煙草くらいゆっくり吸わせろよ」
「仕方がないな…」
仕方がないと、そう言いつつも辰巳の上から退く訳でもなくフレデリックは、恋人の手から煙草を奪い取る。くるりと長い指先の間で回転した煙草を口許に運ぶと、すっ…と吸い込んで辰巳に口付けた。
「っ……おま…」
「そんなに吸いたいなら僕が吸わせてあげる」
「もういいから風呂だ風呂」
駄目元でぐいと躰を押しやれば、意外にもフレデリックはあっさりと辰巳の上から降りた。おや? と思う間もなく理由は本人の口からもたらされる。
「そうだね。他にキミが傷物になっていないか、ちゃんと確認しなくちゃ」
「あーそうかよ。そう言うお前はどうなんだよ? 怪我してねぇだろぅな」
苦し紛れに背中に向かって辰巳が言えば、案の定フレデリックからは余裕綽々な声が返ってきた。
「あの程度で怪我なんてするはずがないだろう? 僕を傷物にしたいなら、プラトゥーンじゃなくてカンパニーで来ないとね」
歌うように言って退けて、フレデリックは壁の奥へと消える。まさしく化け物。乱闘の中、常にフレデリックは辰巳の後ろに立ち、手に負えない分をすべて片付けていたのを辰巳自身も知っている。
辰巳が小さな溜息を吐けば、すぐさまフレデリックの呼ぶ声が聞こえた。立ち上がり、脱衣場へと入ればフレデリックは上着を脱ぐところだ。
「うちの嫁さんはおっかねぇな」
「辰巳にだけは、優しくしてるつもりなんだけどな。なんたって、僕の旦那様だからね」
「はッ、ありがてぇこった」
軽口を叩きながら躊躇いもなく服を脱ぎ、浴室へと入る。既に勢いよく降り注いでいるシャワーの下に、辰巳はその裸身を曝した。無意識に、ふぅ…と小さな息が漏れる。
「痣が出来てる…」
後ろから聞こえてきた低い声に振り返れば、案の定不貞腐れた顔のフレデリックが手を伸ばすところだった。ぐいっと強めの指先に皮膚を押され、僅かな痛みに辰巳の眉根が寄る。
「痛ぇだろぅが」
「僕のものに傷を付けた罰だよ」
さらりと言ってのけたフレデリックが、辰巳の背中から抱き締めた。愛し気に頬を寄せ、小さな擦り傷を時折舌で擽るように舐める。
「僕の辰巳…、キミが無事で良かった…」
小さく耳元に囁く声は、心の底から安堵するようで。辰巳は武骨なその手で金色の頭を撫でる。
「阿呆か。お前がいんのに無事じゃねぇ訳がねぇだろ」
「でも、今日のキミは無茶をし過ぎだよ…。僕を慌てさせるなんて、悪い子猫ちゃんだね」
「くくっ、ガラにもねぇな」
長い指先が辰巳の胸元を辿り、喉元を擽った。降り注ぐシャワーの下で口付けを交わし、互いの吐息を貪り合う。
背中から抱き締めたままのフレデリックが、辰巳を壁に押し付けた。咄嗟に手をついたものの、些か乱暴に脚の間に膝を捩じ込まれ、辰巳はあっという間に身動きが出来なくなる。
「…ッ」
「お仕置きに、今日はたっぷり焦らしてあげる」
耳に吹き込むように囁かれ、辰巳の背をぞくりと甘い痺れが這い上がる。
後孔にフレデリックの熱棒を飲み込んだまま、辰巳は揺蕩う水面を虚ろな視界に捉えていた。熱を吐き出せないまま、幾度か絶頂を迎えさせられた辰巳の雄芯には長い指が絡みついている。フレデリックがゆるりと腰を揺すり上げるたびに、躰の奥底から全身へと痺れが回る。
「は…なせ…ッ」
「仕方がないなぁ…。その代わり、自分でも触れさせないよ?」
屹立に絡んだ指が離れると同時に両腕ごと躰を抱き込まれる。背中に触れるフレデリックからの熱が心地良い。
ようやく吐き出せると辰巳が安堵したのも束の間。ことさらゆったりと奥の壁をくじるように腰を動かすフレデリックに、雄芯を戒められてもいないというのに辰巳は後孔だけで達してしまう。
「っく…ぁっ、ああぁ…っ、ぁんで…だよッ、っぅ」
「ねぇ辰巳? ドライオーガズムの事を、ある女の子たちは”メスイキ”って言うんだって。こんなにもキミは男らしいのに、失礼だと思わないかい?」
くすくすと笑いを零しながら囁くフレデリックの声が浴室に反響する。
「キミが女になるなんて僕は御免だけど、でも時折、孕ませたいと思う事はある…」
「ざっ…けんな、てめぇ…」
「ここ、辰巳の奥深くに僕の精子を吐き出して、子種を植え付けられたら最高だと思わないかい?」
ぐぷりと最奥の襞をフレデリックの先端が抉じ開ける。これまでにも何度か経験した事のある感覚に、辰巳の腹筋がこれ以上ないほど引き締まった。
「んッうっ、…あッ、ああッ、…ぁ」
「ほら、辰巳…僕の子を孕んで…っ」
「孕むか阿呆ッ、…っ、とっとと…寄越せ」
色気もへったくれもない遣り取りを交わしながら、二人を包み込む空気はどこまでも互いを求める。
躰の奥底に注がれる欲にぶるりと震え、辰巳の雄芯から吐き出された白濁が湯を汚す。
「はっあッ、良い…ッ、フレッド…!」
「ッ…僕も…、気持ち良いよ…辰巳」
辰巳の背中で金色の髪がくしゃりと歪んだ。額を擦り付けるようにしながらゆるゆると首を振るフレデリックは、まるで甘えているようにも見える。
一度欲を吐き出したところで萎える筈もない熱棒で、フレデリックは辰巳の後孔を思うがまま突き上げた。焦らすと言っていた事など、一切忘れてしまったかのように。
「辰巳ッ、…もっと僕を受け入れて…っ」
「ばっ…それ以上ッ…はッ、あっあッ、壊れ…ッ」
悲鳴にも似た辰巳の声が聞こえているのかいないのか、フレデリックの突き上げが止む気配はない。最奥の襞を幾度も抉られる衝撃に、辰巳は目の前が明滅するのを自覚する。
―――イルミネーションじゃあるまいし勘弁しろよ…ったく。あー…マジでこれ…落ちんじゃねぇのか…。
他でもないフレデリックに壊されるのならば、それもまあ仕方がないかと辰巳は僅かに残る思考の片隅で嗤う。
辰巳と、フレデリック。どちらが欠けても互いに生きてはいけないと誓いあった二人である。強すぎるフレデリックの想いは心地良くて、辰巳は静かにその意識を手放した。
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