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 翌朝出勤途中に(くだん)の角を曲がると果たして昨日の青年が店の前を掃き清めていた。 「ああ、お早うございます。良い天気になりまして。ご出勤ですか?」 「お早うございます、はい、今から参ります。昨晩はどうも有難うございました」  青年は手に持っている傘が差しだされるのを待っていたがその手がなかなか動かない。早矢兎は何やら困ったような顔をして手渡すのを躊躇っている。 「あの、お礼の菓子折りと共にお返ししようと思っていたのですがまだ準備できていないのです。晩にまたお伺いしてもよいでしょうか?」  見ると、朝の光に蕾が開く様に青年が微笑んだ。陽の光で見るとなお一層吸い込まれそうな瞳の色だった。遠い国の血でも混じっているのだろうか。 「お気遣いなく。でもお立ち寄りいただけると祖父が喜びます、なにせ閑古鳥で私以外話し相手がいないものですから」 *****  職場である大学の秘書室は学会の時期の始まりで慌ただしい一日となっていた。早矢兎は二十代半ば乍ら秘書室の中では室長に続く立場にあるが、人手が足りない所為もあり細細(こまごま)とした雑用もこなさなければならない。細面な上に艶のある黒髪のせいか男装の麗人の様だと教 授陣や初対面の来客に揶揄われることもあるが、実直な性格のお陰で周りからの信頼は厚かった。  この日も宿や切符の手配を済ませ、教授(せんせいがた)の雑多な依頼に応えているとあっという間に時間が過ぎていった。 「はぁ、まだお店は開いているかな」  溜息をつきながら、いつも手土産を購入する和菓子屋に行くと、女主人が丁度表の鎧戸を閉めるところだった。 「すいません、干菓子を包んでもらえませんか?」 「おや今晩は、こんな時間にどちらへ?」  顔なじみの女主人はにっこり笑って店の中に入り、暫くすると小さな箱を持って戻ってきた。 「有難うございます、間に合ってよかった」  お代を払い早矢兎は箱を片手に道を急いだ。
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