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「御免下さい。夜分遅くに失礼します…」 「あぁ、いらっしゃいましたか。おじい様、この方です」  通りを歩いて来る間に冷えてしまった身体を包み込む様に、店の中は柔らかい光に満ちていた。机の上に本を広げて読んでいた老人が視線を上げて相好を崩した。目も口も皺の中に紛れてしまいそうな笑顔だった。 「おお、今晩は。よくおいで下さった。ここの主人の四元(よつもと) 羊字(ようじ)と申します。お時間があればお茶でもいかがですか?虎彦、お茶を淹れて差し上げなさい」  虎彦と呼ばれた青年は早矢兎から菓子箱を受け取ると丁寧に礼を言い、奥で淹れたお茶と共に盆に載せて運んできた。 「折角なのでどうぞご一緒に召し上がってください。おじい様、美しい寒氷(かんごおり)ですよ」  そういうと虎彦は老人の脇の椅子にそっと腰かけた。  漢方堂の主である老人は、生薬のみならず庭木にも造詣があり、偶然にも農学部の秘書室に勤務している為色々と聞きかじることも多い早矢兎と大いに盛り上がった。そんな会話の後どういう訳か早矢兎はここ最近の不定愁訴(ふていしゅうそ)を話していた。     
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